9

誰もいない教室で、二つの影が重なり合う。

夕凪 十夜は、朝比奈 日向【あさひな ひなた】を膝の上に乗せて話す。


「まさか、催眠術がホントに効くとはなぁ……」


虚ろな瞳を向ける朝比奈は、ぼーっと夕凪を見つめていた。


「なぁ、朝比奈。聞いてるか?」

「……はい」

「今だから教えてやるよ」


そう告げた夕凪は、朝比奈を抱き寄せて耳元で囁く。


「お前が俺に掛けてた催眠術あんだろ?あれな、実は掛かったフリをしてただけなんだ。俺さぁ、こう見えて結構用心深いんだ~。お前は掛かったと思い込んでいたかもしんないケドさ?演技すんの大変だったんだぞ!」


ケタケタ笑いながら愉快そうに話す夕凪は、更に続ける。


「しかもお前が先に仕掛けたと思うだろ、催眠術。でもなぁ、先に掛かってたのもお前だったんだよ?俺が前にこの本を借りた時から既にお前は催眠術に掛かってたんだ!だってお前、前は根暗じゃ無かったし、前髪だってこんなに長く無かった……思い込みの催眠に掛かってくれたお陰で、ここまでキャラ変わりするとは思わなかったけど、逆にクラスメイトを遠ざけるには十分だったかなー!」


朝比奈の目元に掛かる前髪を手で払いのける夕凪。

そこには、朝比奈自身が嘆いていた顔よりもまともな、ごく普通の顔立ちが見て取れる。

その頬を一撫でして笑い掛ける夕凪は、輪郭をなぞるように手を滑らせ、親指を唇に触れさせた。


「でも一番驚いたのは、お前が俺の事をマジで好きになってくれたこと……」


スルリと唇に触れ、朝比奈の目を見つめると、そのまま顔を近づけた夕凪は噛みつくようにキスをする。

角度を変えて何度も音を立てて吸い付く。


「ハッ……朝比奈ぁ、オマエの望んだキスだぞ?嬉しいだろう!」


やがて満足したのか、唇をべろりとひと舐めした後、漸く離れた。

ハァと浅い溜め息を漏らし、うっとりと朝比奈を見つめた夕凪は、朝比奈の躰を抱き締めると、その肩に顔を埋める。


「まさか、俺を好きになる催眠術に掛けられてたなんて知らないだろーなぁ……」

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