5

催眠術の本を借りてから一週間が経としていた頃、僕はある話を耳にした。

それは夕凪くんと彼の友人達が話していた内容だ。


「なぁ、夕凪!お前、好きな奴とかいんの?」


唐突にクラスメイトの一人が呟いた。

その言葉に周りにいた女子達が一斉に聴き耳を立てる。


「うん。いるよ!」

「マジかよ!誰だっ!?」

「こんな処で言うわけねーだろ。まぁ、お前がクラスメイトの前で好きな奴に告白すんなら教えなくもねーが……」

「んな公開処刑誰がすっかよ!」


ギャハハと男達の笑い声が響くなか、女子達はヒソヒソと噂をしていた。


「夕凪くん好きな子いるって!」

「誰かなぁ……気になる!!」

「こんな処でって言ってたから、もしかしたらクラスの中にいるんじゃない!?」

「え~マジ!?チョー知りた~い!」


皆がざわざわと彼の好きな人で盛り上がりをみせる端で、僕は本を閉じて傷心していた。


あぁ、知りたく無かった。


彼に好きな人がいたなんて……。


彼をチラリと見ると、彼は楽しそうに談笑していた。

僕は唇を噛み締めながら、ふと思い返す。


催眠術の本を片手に放課後、彼を呼び止めたあの日。


「ゆ、ゆ、ゆ、夕凪くん……!」

「んっどうした、朝比奈?」


彼の目を見つめて告げる。


「君は今から僕の言うことを効くようになる。」

「はっ?」


呆けた声を上げ、瞬きをした瞬間に指をパチンと鳴らした。

すると彼の目は虚ろ気になり、僕を見下ろした。

彼の顔の前で手を振ってみたものの、ぼーっとしたまま何も返答がなく、催眠術に掛かったのだと確信した。


それからは放課後になるとこの術を使い、彼を好きなように操った。

まぁ僕の場合、彼に抱き着いたり、触ったり、膝の上に跨がり顔を見つめたりする程度だったけど……それだけでも十分満足した。


だけど。


それだけで満足していた自分が今更ながらに馬鹿らしく思う。

彼を操れてたんだ、もっとやれる事があったんだと……。

彼の口から出た“好きな人”のワードが僕の欲望を再び掻き立てた。


ふと、閉じていた本を見つめて思い出す。


「あっ……これ返却するの明日だった」


最後のチャンスは今日の放課後だけ……。



放課後、僕は彼を見つめて最後の催眠術を掛けた。

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