妄想の中で

第8話

私の妄想と幻覚の中に、元恋人は住み続けていた。


携帯電話の着信が鳴る。友達の名前が表示されているのを見て、電話に出る。もちろん、名前が表示された友達の声が聞こえる。ところが、近況を聞く相手の声が、段々と元恋人のものとオーバーラップして聞こえだし、混乱した私の頭は、元恋人が友達に乗り移って話しているんだ。と、現実離れした回答を出すのだった。


そして、また別の日のこと。職場を退職して、寮から実家へ荷物を運び出した日。この日は、両親と伯父さんが手伝いに来てくれていた。車を運転する父親の背中が、元恋人の背中に見えたり、伯父さんの脚がいつもより長く見えたりして、またもや混乱した私の頭は、元恋人が乗り移って逢いに来てくれているんだ。いつか、来ると言っていたのが、現実になったと、嬉しささえ感じていたのだった。


更に別の日は、台所で夕飯にハンバーグを一緒に作っている、母親に元恋人が乗り移っている気がしたこともあった。


そんな妄想の中で暮らしていた私は、2人で撮った写真を、部屋にいつまでも飾ったままにしていた。何気なく眺めたその写真が、ある時動き出したのだ。まず彼の顔が動き、何か言っているように見えた。そのうちに、目が、鼻が、口が、輪郭が…、ぐにゃぐにゃと原形を無くし、別の顔へと姿を変えた。それは、写真の元恋人と付き合う前につき合っていた人の顔だった。えっと、思う間もなく写真の顔はまた崩れだし、動きを止めることなく2人の顔を行ったり来たり…。元の状態の所で、写真にストップをかけたかったが、段々元恋人の顔を正確に思い出せなくなる自分が居て、このまま、写真の彼が入れ替わったりしたら、2人の思い出まで変わってしまうようで、写真から目を離す事ができず、とても怖くなったのを今でも良く覚えている。


この時は、確か誰かに声をかけられ、一瞬写真から目を離し、次に見たときには、元の2人に戻っていた。


そして、本当に連絡を取る事の無いまま、時間だけは過ぎてゆき、季節は、かわるのだった。

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