退職

第6話

翌日から仕事を休んだ。電話の対応さえ満足にできない自分に自信を無くしていた。他スタッフに迷惑をかけるのも心配だった。それよりも何よりも、空気の重い空間が怖かった。この頃になると、重い空気の原因は、天界(というものがあるとして)と、人間界の境目が何らかの理由で崩れ、二つの世界が重なり合っている為だと、感じるようになっていた。そして、天界人が人間界に身を置く為には、人間の体を借りて重なって存在するしか方法がないとも何故か感じていた。

何故、世界が変わってしまったのかは分からないが、この重なった世界で私は生まれたての存在で、試されている気がした。私の考えは、全て周囲に筒抜けで聴かれていて、周囲が私の情報収集から看護(思考)過程の根拠、実施手順まで、正しく行えているか、テストされている感覚だった。それは、天界のナースとしても働けるかの、実力テストだといつしか信じていた私は、そのプレッシャーに耐えられなかったのだ。


朝、出勤の準備をしてもどうしても、家から職場へ向かう事が出来なかった。一週間貰った休みもあっという間に過ぎた。週休と、有休を全部使い、それでも足りない分は、うつ状態という事で診断書を提出し休職扱いにして貰った。再び、職場へ戻り働く事は出来ないまま、3月31日付けで退職願を提出する運びとなったのだった。


3月の末、退職願の提出と、諸々の事務手続き。ユニフォームの返却、お世話になった部署のスタッフへの挨拶の為、久し振りに職場へ足を運んだ。相変わらずの重い空気の中、やっとの思いで書類を書き上げ、一番お世話になった外来師長さんのもとへ、挨拶に向かった。師長さんの姿を見つけ声をかけようとしたその時、目を疑った。師長さんの顔が、狼の顔に変わって見えたのだ。どぎまぎしながらも挨拶を済ませ、次に内科外来のスタッフへの挨拶に向かった。ここでも、後輩スタッフ一人を除き、皆人狼の姿をしていた。それを観て、私は思った。「私が、不義理をした人達の顔が人狼に見えるんだ…。もう、顔を見て話す事は許されないんだろう。」


実際、退職してからその職場の人とはあっていないので、最後の挨拶の記憶は人狼の姿のままなのだ。

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