第8話 決意

 波の音が鳴り響く中、緊張感の漂う空気で私達は向かってくる人魚の影を見ていた。

 ひびき先輩は深呼吸すると、こう言った。

「よし、あーし行ってくるわ」

「だ、大丈夫なのですか!?」

 私は高台の崖から降りようとするひびき先輩を引き留める。

「だ、大丈夫に決まってんじゃない!あーしは魔法少女よ、あんな奴らコテンパンにしてやんだから!」

「ひびき先輩……」

 ひびき先輩の表情がこわばっている。

 冷や汗も滴っていて、余裕がないのだろう。

「……ひびき先輩も怖いんですよね」

「……は?」

 私の一言にひびき先輩が目を丸くする。

 しかし、私はそんなひびき先輩を気に留めず言葉を続けた。

「表情でわかるんです、私……。やっぱり逃げましょうよ、2対1の戦いなんて不利ですよ……」

 駄々をこねる子供の様に私はひびき先輩の足を止めようとする。

 しかし、ひびき先輩は止まらなかった。

 むしろ、私の方をまっすぐと見てこう言った。

「わかっちゃったかぁ……すごいねぇ、いなばちゃんアンタやっぱ魔法少女の才能あるよ、表情で人が感じている感情がわかっちゃう人なんてういないよ」

 ひびき先輩は優しく微笑む。

 そうだよ、私はずっと人の表情を見ていた。

 いじめられていた時も、あの人達の表情を見ながら過ごしていた。

 だって、不機嫌になったらまた酷いことをされるから。

 「でも、あーしは行くよ。約束もしちゃったし、こんなんでヒヨってたら魔法少女失格だしね」

 ひびき先輩はそんな私の手を取る。

 その手は暖かくて私の心を落ち着かせてくれた。

「約束する。あーしは絶対帰ってくるから。あんな奴ら爆速で倒してくるわ!だから、ここで見てなさいよ!ねっ!」

 と言い残して、ひびき先輩は戦場向かう。

 崖から飛び降り、羽を羽ばたかせ敵の方へ向かったのだ。

「……大丈夫……きっと大丈夫」

 私はぷぅ子を抱きしめながら自分に言い聞かせるように呟いたのだった。

 ――戦いが始まっておよそ20分が経過した。

 ひびき先輩が帰って来ない。

 遠くの方に居るからか前回の様に様子を見に行くこともできない。

「心配だな……」

 そう思いながら大人しく動かず、ひびき先輩の帰りを待っていた時だった。

 背後からあの人魚が私に向かって攻撃をしてきたのだ。

「きゃっ!?」

 機械の様な見た目の人魚の固くて大きな尾ひれが私に向かって直撃する。

 逃げることができなかった私は遠くの方まで吹き飛ばされ、強く頭を強打した。

「いっ……」

 頭を抑えると、手にはぬるっとした感覚が伝わった。

 恐る恐る手の方を見てみると、手にはべったりと赤色がついていた。

 頭の痛みと流血をした事実に、私は冷静さを失い始める。

 しかし、そんなのはまだ序の口だった。

 もう1匹の人魚があるものを投げ渡してきたのだ。

 地面には黒い髪の毛が広がっている。

 まさかと思い私はそれに視線を移すとそれは、傷だらけで血を流したひびき先輩の姿だった。

 右翼は欠損していて、火炎放射器もびしょ濡れで使い物にならない。

「ひびき先輩!」

 頭なんか気にも留めず彼女に駆け寄った。

 身体を揺すったりしてみたが、目を覚ましてはくれない。

 今の状況を一言で表すなら、地獄絵図そのもの。

 2匹の人魚が不敵に笑いながらこちらに近づいてくる。

 ひび割れた地面を這い、右手にはトライデントを出現させていた。

「ぁ……ぁ……」

 恐怖に怯えた私はひびき先輩を抱えながら座り込むことしかできなかった。

 しかし、1匹の人魚がトライデントを振り下ろした刹那、私達の目の前に青色のバリアが出現したのだ。

「っはは、後輩1人も守れないなんて……魔法少女以前に先輩失格ね……」

「……ひびき……先輩?」

 そう、満身創痍であるにも関わらずひびき先輩はバリアを張って私を守ったのだ。

 ひびき先輩は私から離れ、肩の傷を抑えながらフラフラと立ち上がる。

「アンタ達の狙いはあーしでしょ?いなばちゃんは関係ない。攻撃するならあーしにしな!」

 ひびき先輩は再び火炎放射器を持つと人魚の方へと飛び込んで行く。

 人魚達はニヤリと笑うとひびき先輩を真っ先に捕まえ、トライデントを突き刺したり尾ひれで叩き始めた。

「っ……ぐぅ……」

 ひびき先輩のもがき苦しむ声が響く。

 あぁ、なんでこんなにも私は無力なんだろう。

 なんで、私なんか守ろうとするんです?なんで私を見捨てないんです?

 ネガティブ感情が心の中で蔓延る。

 けれど、私の頭の中である言葉がよぎった。

 『アタシは正義の英雄だからな!』

 これは私が今も憧れている英雄ヒーローの言葉だ。

 そうだ、私は……英雄ヒーローになりたかったんだっけ。

 だけど私はずっと優柔不断に『機会があれば』と何も行動を起こさなかった。

 このままだとひびき先輩が危ない。

 それなら私が英雄ヒーローになってひびき先輩を助けなきゃならないんだ!

 私はゆっくりと立ち上がり人魚の方へ歩みを進める。

 すると、腕の中に居るぷぅ子のネックレスのピンク色の光は徐々に輝きを増して行った。

 私はひびき先輩をいたぶる人魚達に向かって今まで発したことがない程の大きな声でこう言ってやった。

「ひびき先輩をいじめるなぁぁぁ!!!」

 次の瞬間、私は桃色の光に包まれた。

 目を開くとそこはキラキラした綺麗な空間だった。

「あれっ、ここは……」

 辺りを見渡していると、ぷぅ子が私の腕から離れ、宙を浮いていた。

 ぷぅ子のネックレスに下がっていた灰色の小さなステッキの1つが私の方に近づいてくる。

 触れてみると、ステッキは光を放ち灰色から鮮やかなピンク色に変化したのだ。

 ステッキは私へと語りかけてくる。

「さぁ、この『ピンクステッキ』を手に取り魔法少女の力を手に取るのです」

 私は言葉の通りにステッキを手に取ってみると、ステッキは思ったよりも手に馴染み、身体の奥から力が溢れ出くるのを感じた。

 やがてステッキはクロスボウへと姿を変え、気がつけば私は魔法少女に変身していた。

 着慣れないフリルたっぷりの服装、しかし違和感を感じる事はなかった。

 「凄い……これが魔法少女なんだ……なんだか力が溢れ出てくる」

 そう呟いていると、人魚達はお構いなしに私の方へ攻撃をしかけてくる。

 1匹はトライデントを使って、もう1匹は尾ひれを振り下ろす。

 なんでだろう、攻撃が迫ってくるスピードが遅く感じる。

 これなら私でも避けられそうだ。

 覚悟を決めた私はトライデントを避け、慣れたような手つきでクロスボウを構え、尾ひれを撃ち抜いた。

 身体が凄く軽いし、素早く動ける。

 これならあの人魚達を倒して、ひびき先輩を助けられる!

 今の私なら……『あの英雄ヒーローみたいになれる』そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アーティフィシャル・マジカルガール チェリミ🍒 @Cherrymeetball

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ