第6話 追憶
あの時、あの子を守れていれば――私はまだ笑えていたのかな。
私はいつもの様に
理由はただ一つ、親友に会うためだ。
段ボールの中から顔を出している彼女の前で私はしゃがむ。
「遅くなってごめんね、今ご飯あげるからね。」
そう声をかける私の視線の先には一匹の白ウサギが座っていた。
ウサギの前に器を起き、ペレットを器に出した。
真っ白な毛並みを揺らして器用にペレットをつまむミルクを見ると、つい笑みがこぼれてしまう。
「美味しい?ミルク」
ミルクとはこのウサギの名前だ。
彼女の綺麗で真っ白のミルクの様な毛の色からそう名付けている。
「あはは、私の声も届かないぐらい美味しいんだね。良かった」
ミルクは私の言葉を気にせず食べ続けている。
ミルクと私は大親友だ。
私にとって、ミルクは唯一の友達で話相手だった。
あの子がいてくれたから、孤独な日々も少しだけ明るくなった。
「本当は、私がミルクを飼ってあげたいんだけどね。」
段ボールに貼られた紙へ視線を移す。
そこには大きな文字で『拾ってください』と書かれていた。
そう、ミルクは捨てウサギ。
元の飼い主に捨てられたのだろう、可哀想に。
だから、私がミルクの飼い主を捜してあげるんだ。
近所の人達に話しかけて、チラシを配ったりして、ミルクの飼い主を見つけてあげなきゃ。
「ミルク、早く見つかるといいね。飼い主さん」
餌を食べ終わったミルクは顔を上げると、斜めに首を傾げるだけだった。
翌日、私はランドセルに持ち物を詰めながら考え事をしていた。
今日はお小遣い貰えるし、ちょっと豪華におやつを買ってあげようとか、どこでチラシを配るかとか、そんなことを考えていた。
「いたっ、」
どこからか、飛んできたなにかが私の額に当たるのを感じた。
クスクスと笑い声が聞こえる。
飛んできたものを拾うと、何かの紙くずのようだ。
また悪口でも書いたのだろうか。
どうでもいいや、はやくミルクに会いたい。
紙くずをさらに小さく丸め、ゴミ箱に捨てる。
すると、遠くの方の席の少女達は不服そうに私を見ていた。
恐らく、思ったような反応が見られず、苛立ちを覚えているのだろう。
そんな考えていても仕方がない。
はやくミルクに合わなきゃ。
私は駆け足で教室を出ていった。
そう、今思えばこれが始まりだったのかもしれない。
大人しく彼女達の手のひらに踊らされていれば……ミルクは……。
「ミルク~!私だよ、いなばだよ」
おやつの袋を持ちながら私はいつもの場所へと向かう。
今日は『うさぎ用ニンジンクッキー』なるものを買ってきた。
人間も食べれたりするかな?ミルクと一緒に食べたいなぁ!
段ボールの中にはいつもの様にミルクが座っていた。
しかし、今日のミルクは、どこかいつもと違った。
何かを咥えている?
ピンク色の帯状の……もしかして、リボン?
「ミルク、ちょっと咥えてるものぺっして、ぺっ」
ミルクの口元に手を差し出すと、ミルクは咥えていたリボンを離した。
そのリボンはボロボロで先は糸が解れている。
また近くのアクセサリーショップのゴミ箱でも漁ってきたのだろう、まったく困ったウサギさんだ。
「もう、ダメでしょ……ミルク。勝手に持って帰っちゃ」
私はミルクを𠮟ると、ミルクはしゅん……と落ち込んだように俯く。
どうしよ、もしかして、嫌なこと言っちゃった?
謝らなきゃ、いや、謝るのは寧ろ逆効果……?
「あ、え、別に傷つけるつもりじゃなくて……その……」
慌ててリボンを返そうとすると、ミルクは首を横に振っていた。
どうして?行動の意味を理解出来ずミルクを見つめていると、ミルクはリボンを私の方に寄せてくる。
「もしかして、私に……プレゼント?」
私はそう問うと、ミルクは肯定するように「ぷぃ!」と鳴き声をあげた。
嬉しい。多分、この喜びは今までに感じたことがないだろう。
視界が滲む、熱い。
「あは、ご、ごめん……なんでかなぁ?すっごく嬉しくって」
目から流れる雫を袖で拭う。
初めてのプレゼント。初めて、友達から貰った宝物。
「そうだ、待ってね……今つけるから」
私は後ろ髪にゆるく三つ編みをし、リボンでそれを結んだ。
「どう?似合うかな?」
私はその場で1回転をしてみせる。
ピンク色のリボンが、私の白い髪を彩ってくれていて、この時は自分の髪が好きに思えたんだ。
ボロボロで糸も解れていて不格好な切れ端だけど、私にとってこのリボンはどんなブランドモノのアクセサリーよりも魅力的で温かく感じたんだ。
私はこのリボンを一生大切にすると心に誓った。
たとえどんなことがあっても、私の命を尽きようとこのリボンは手放さないと……。
ただ、私は気づいていなかった。
いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
物陰に潜む、少女の存在に――。
ある日のことだった。突然、ミルクはあの場所から段ボールごと姿を消してしまった。
「い、居ない……ミルク?ミルク!?」
必死になって探したけど、ミルクの姿は見つからなかった。
どうして?いつもならここに居るのに。
そうだ、きっと飼い主がみつかったんだ、保護してくれる人が居たのかもしれない。
とりあえず、自分にそう言い聞かせ平常心を保とうとする。
が、それもつかの間であった。
「やっほ~イナババアちゃん。どうしたの?そんなに這いつくばって……ギックリ腰にでもなっちゃった?」
煽るように話しかけてくるその声には聞き覚えがあった。
だって、その声は私をいじめている集団の一人だったから。
「と、ともだちを探していて……」
声が震えてしまう。逃げたいのに、足が動かない、どうすればいい?
上手く出ない声をひねり出し、そう答えると、目の前の少女は笑い声をあげ始めた。
「友達?あのドブうさぎが?バカじゃないの?」
腹を抱えながら笑う少女に、腹を立てるがそれと同時に寒気も感じた。
なんで、ミルクのことを知っているの?
だって、私はミルクのことを学校の子に離したことなんか……。
思考を巡らせている私を気にも留めず、少女は驚きの発言を口にした。
「あのドブうさぎさぁ、ちょっと遊んであげていたら殺しちゃった!」
「……え?」
軽すぎるとも思える発言に思わず拍子抜けしてしまう。
『殺した』そんな軽く言って良いものなのだろうか。
彼女にとって、動物の命は玩具同然なのだろうか。
『なんでそんなことができるの……?』
フツフツと湧いてくる怒りに震えが止まらない。
こんな言葉に負けるもんか、と思っても、心の中で自分が崩れていくのが分かった。
「あれぇ?老人ちゃんどうしたの~?顔すっごく怖いよ?」
俯く私の顔を間の抜けた表情で覗き込む少女。
無力感、殺意、怒り、悲しみ、色んな感情が混ざり合って訳が分からなくなってきた。
なんで私、あの子を守れなかったんだろう。
気づいていれば、私が保護してあげていれば……。
無意識に歩みが進んだ。
だめだ、これは……もう……。
拳を振り上げたのを最後に私の記憶は途切れたのだった。
それからのことは記憶にない。
話によると、暴力沙汰になっていたらしい。
激しい殴り合いの中、通行人が仲裁に入ってくれたようだ。
それから、私へのいじめは悪化した。
どうやら少女があの時のことを学校中に広めたらしい。
もちろん、私は事実を話そうとしたのだが、当の彼女は成績もよく先生からの信頼もあった為、私を信用してくれる人なんて誰もいなかった。
先生はあれから私を『荒れている子』と決めつけて、私の言うことなんて聞いてくれなくなった。
なんだか、もうやだな。誰も助けてくれないじゃん。
全部、私が悪かったのかな。
あの時、もっと早くに気づいていれば……親友を、ミルクを助けられていたのかな?
どうすれば、あの子は幸せになれたの?
ミルクのいない日々は、灰色の空の下を歩いているみたいだった。
あぁ、私はなんて無力で弱いんだろう。
「ごめんね、ミルク」
後悔だけが今も私に呪いの様に付きまとって、離れなかった。
アーティフィシャル・マジカルガール チェリミ🍒 @Cherrymeetball
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