第5話 日常

次の日、私はいつものように学校へ行った。

 昨日の非日常が、まるで長い夢を見ていたかの様に感じる。

 昼休み、友達の居ない私は一人学校の中庭のベンチに座り手作りのお弁当を一人食べていた。

「いーなーばちゃん!」

 隣の方から、なんだか聞き覚えのある声が聞こえる。

 恐る恐る振り向くと、そこには昨日カフェで話したひびき先輩が座っていた。

「な、なんですか?私、昨日ちゃんと断りましたよね?」

「そうね、断っていたわね」

「じゃあ、なんでいるんですか!?」

 思わず大きな声をあげてしまう。

「だって、『また今度会う時は普通の後輩として』って言ってたから、つまり会うのはOKってことでしょ?」

 確かに私は言った、しっかりと記憶にも残っている。

 けれど、次の日にこうして自然と話しかけられるとは、予想していなかった。

 青天の霹靂という言葉が似合う状況だろう。

「と言うか……その、」

 私の視線はひびき先輩のお弁当に移る。

 ひびき先輩のお弁当箱は、幅が広い上に3段もある。

 この中に白ごはんがあると思うとおかずも合わせて物凄い量になるだろう。

「なんか、凄いですね。食べるの好きなんですか?」

「もちろん!でも、つい食べ過ぎちゃうから、最近、少し体重が気になるのよね……」

 そう呟きながら蓋を開けると、お弁当箱の中には案の定、凄い量のおかずが入っていた。

 しかし、彩りがよく栄養バランスの考えられた食事だ。

「いなばちゃんも食べる~?あーしのおすすめはだし巻き卵、大好物よ!」

 なんと、自分の好物を分けてくれるそうだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「ふふん、たっくさん食べてよね!」

 箸で掴み、口の中に入れ咀嚼すると、程よい甘さが口いっぱいに広がる。

 だしのほのかな塩気もあって、食感もふんわりとしていて、やわらかい。

「美味しいです……」

「マジ!?腕によりをかけて作ったかいがあったわ~」

 ひびき先輩の手作りと言う事だろうか。

 なんだか意外だ。ひびき先輩、見た目は派手だけど物凄い料理上手なのかもしれない。

 人って、見た目だけじゃ分からないんだな。

 時は過ぎ、昼食を食べ終わりランチマットを畳んでいるとひびき先輩が話しかけてきた。

「ね、いなばちゃん放課後暇?」

「ほ、放課後……?」

「うん、マジカルモールで新作コスメが出たからさ、付き合ってよ!」

 なんと私には無縁な3文字。

 流石ギャル、やっぱり化粧とかするんだ。

 よく見れば、まつ毛も長くてアイラインもくっきりとしている。

 爪も長くて手入れされているのか、自爪でも綺麗な色をしている。

 恐らくネイルとかもするのだろう。

「いや、私はその、そう言うの無縁なので……」

 私はそう断るが。

「つまり、一応暇って解釈でいいのよね?」

 と、ひびき先輩は笑顔で強引な押しに入ってしまった。

 いや、確かに今日は予定とかないんですけどね……?

「……あら、もしかして違う?」

 違くないです。事実です。

 物凄く図星なのです。

 ただ、あまりにも専門外すぎる分野に混乱しているだけなのです。

「ま、いいや、あーし放課後、学校の校門前で待ってるから!気が向いたら絶対来なさいよ!」

 そう言って、ひびき先輩はお弁当箱を片付けるとその場から立ち去っていった。

 絶対なのか気が向いたらなのか、どっちかはっきりさせてくださいよ……。

 さて、飛んで放課後、私は校門前に向かっていた。

 決して気が向いたわけではない。

 ただ、ここで行かないのも申し訳ないかなと思っただけなのだ。

 言わば、『押しに負けてしまった』

 あんなに強引に誘われては断ることもできない。

 返事をする隙も貰えなかったわけだが。

「あ、来た。やっほ~!」

 校門前に居たひびき先輩は大きく手を振りながらこちらへと駆け寄ってきた。

 チェック柄の肩だしワンピースに腰には黒いベルトが巻かれていた。

「来てくれたんだ!チョー嬉しい!」

 ひびき先輩は満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる様子だ。

 腕までブンブン振って、よっぽど嬉しかったのだろうか。

「ささっ、早速行くわよ~!しゅっぱーつ!」

「へ?」

 ひびき先輩は全速力で私の腕を引き走り出した。

「ちょっと待ってくださ、は、はやい!はやいです~!」

 私はよろめきながらも腕を引かれるままについて行ったのだった。

 マジカルモールは今日も賑やかな雰囲気に包まれている。

 子供連れのお母さん、学校帰りの中高生、仲がよさげな老夫婦など沢山の人が歩いていた。

 なんせ、ここはこの街一番のショッピングモール。

 品数豊富な食品売り場、ゲームセンター等ありとあらゆる物が揃っており、老若男女から大人気の店だ。

 「着いた~!」

 ひびき先輩が私を引っ張って向かった先はメイクショップ。

 キラキラした雰囲気に圧倒されるあまり、顔を手で覆ってしまう。

 眩しい!とても眩しすぎる……!

「なにやってんの……」

 ひびき先輩は少し呆れた様な笑顔で私を見ていた。

「あまりの眩しさにめ、目がぁ……」

「滅びの言葉受けた?」

 さて、気を取り直して……。

 いざ、入店!と言う心の中の合図とともに私は一歩を踏み出した。

 とは言っても、お店に並んでいるのは化粧品達なのだろう。

 しかし、なんだろうこのスティックは……あいぶろー?

 この微妙な色の差のチークは何が違うんだ?

「いなばちゃ~ん!このリップと、こっちのリップどっちがいいと思う?」

 ひびき先輩は2つのリップスティックを持って来た。

 だから、色の差がわからないんですよ……。

「そ、そうですね……こっちのリップとかどうです?」

 私は適当に右のリップに指さしてみた。

「ふ~ん、こっちのリップね~」

 ひびき先輩は右のリップを見つめながらそう言った。

 微妙だったかな?微かな不安が頭をよぎる。

「うん、春らしくていいじゃない。折角だし、ネイルも買っちゃお~」

 ひびき先輩は笑みを浮かべると少しスキップをし、どこかへ行ってしまった。

 良かったのかな、これで。

 まぁ、先輩が満足そうだし良しとしよう。

 それからしばらく、私はひびき先輩に連れられるまま色んなお店を歩いてまわった。

 初めはズカズカ踏み込んで来る感じがして苦手意識を持っていたが、なんだかこの時間は悪い気がしかなった。

 そう言えば、私は家族以外でこうやってショッピングなんてしたことなかったっけな。

 まるで、友達ができたみたい。

 「あ、」

 ふと、歩いていると私はとあるものに目を惹かれた。

 視線の先にあったのは――ショーケースにいる白うさぎだった。

「うわぁ!かっわい~!」

 ひびき先輩は目を輝かせながらそう呟く。

 しかし、私はそれどころじゃなかった。

「あ……」

 だって、そのうさぎは私の親友そっくりだったからだ。

 苦い思い出が、頭を駆け巡る。ぶり返す。

「いなばちゃん?大丈夫?体調悪い?」

 背中を擦られる感覚がする。

 ダメだ……体調が……。

「えぇっと……ちょっと移動するわよ!」

 ひびき先輩はそう言うと私の腕を引き、休憩所のベンチに座らせてくれた。

 気持ち悪い、あの日の出来事が……。

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