第1話 宇佐美いなば
桜振る青空の下、茶色の髪をなびかせながら校門の前に立っている。
校門の横の札には『
創立約20年の中高一貫校の様で「どんな者も受け入れ、平等に上質な教育を」というのがモットーらしい。
学校の校則が緩い為、あの悪目立ちしてしまう容姿を隠すには持ってこいの環境だ。
あの頃の私を知る人はいない、容姿で悪目立ちもしない……中学生生活のスタートダッシュは上手くいきそうだ。
私は、「
ハキハキ喋って、自信のある、あの日の
と思っていたのも入学して2週間までの話でした。
人はそう簡単に元々の気質を変えられる訳もなく、今日も頼まれた雑用をこなしています。
現在、私はこの重いプリントの山を生徒会室に運ぶと言う仕事を任されていて、先の見えない廊下の階段と格闘中です。
「なんで私がこんな事をしなきゃいけないんだろう」なんて口に出しそうになるが、
引き受けてしまった仕事だ。文句を言わず、しっかりとこなさなければ……。
そう思いながら階段を一段、また一段と登っていく中…どこからか「ぷぃ」と鳴き声の様なものが聞こえた。
「な、なになになに⁉」
私は驚きのあまり肩を跳ねさせ、バランスを崩しかけてしまう。
が、階段を踏み外してしまう前に片方の手で手すりを掴んだお陰で階段から落ちずに済んだ。
体制を立て直し、プリントが落ちていないか視線を移すと、
「ぷぃ、ぷぃ、」
可愛らしい鳴き声をあげながら尻尾を揺らす子ウサギと目が合った。
う、ウサギさん?なんでここに?
ウサギ小屋から脱走したんじゃないかと思ったが、よくよく考えてみたらここの学校には飼育小屋がない。
なら、このウサギさんはどこから来たんだろう。
ウサギさんの首にネックレスがついているのを見ると、誰かしらのペットであることがわかる。
まぁ普通、ペットにつけるなら首輪なんじゃ…と思うが。
それにしても、このネックレスは飼い主の趣味なのだろうか?
ウサギさんの首にかかっているネックレスには、灰色の魔法のステッキの様な飾りが2つぶら下がっていた。
灰色と言うか、色が塗られていないようにも見える。
私はウサギのネックレスを見つめていると、ウサギさんは突然、背を向けてプリントから飛び降りて行った。
「あ、危ないっ!」
私は手を伸ばす為にプリントから手を離そうとした一方、ウサギは綺麗に次の段で着地をしていた。
「……っは、よ、よかった」
私は慌てて斜めになってしまったプリントの山を整え、安堵のため息をつく。
そんな私を見て、ウサギさんはまるで状況を理解していないかのように首をかしげている。
「何をそんなに心配しているんだろう」と言わんばかりの目でウサギさんは私をしばらく見つめると、
また私に背を向け、そのままピョンピョンと階段を駆け上っていった。
とりあえず、元気ならよかった…。
そんなことを吞気に思ったのも束の間。
「きゃーっ!!」
誰かしらの悲鳴が廊下中に響き渡り、階段の外がなんだか騒がしい。
しかし、私がその理由に気づくには、思うより時間はかからなかった。
「まさか…」と、思いながら階段を駆け上がり廊下を見てみると案の定。
廊下は大騒ぎになっていて、野次馬などで集まってきた人混みの中を一直線にウサギさんが走っていた。
「す、すみません…!ごめんなさい!」
私は人混みをかき分け、ウサギさんを追いかける
はやく捕まえてどうにかしないと大騒ぎになってしまう。
いや、もうなってしまっているのかもしれない。
どちらにしろ捕まえてこれ以上の大事は防がなくては…あぁ、両手で塞がっていなければ手を伸ばせるのに…!
次の瞬間、前から何かにぶつかったかの様な大きな衝撃が走る。
その衝撃によって私はバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
プリントが、ひらひら…と花びらの様に宙に舞い地面へと落ちていく。
「いたたた…」
私は尻をさすりながら顔を上げると、そこにはいかにも派手な女子生徒が立っていた。
上履きの色からして、恐らく2年生。つまり先輩にあたる人だ。
長い巻き髪に青いメッシュ、化粧をしているのか長めのまつ毛にはっきりとしたアイライン。
制服も着崩していて、ボタンを2段空けていて腰にはブレザーの上着が巻かれている。
派手と言うか、これはもはやギャルだ。
見下ろされているからか、なんだか圧を感じる…気がする。
思わず「ひぇ…」と情けない声が漏れてしまった。
怖い。小学生時代のトラウマが流れる様にフラッシュバックする。
これから私は卒業までこの人のパシリにされてこき使われてしまうのだろうか。
はたまた、あの人達みたいに大切なものをまた……。
考えるだけで吐き気がしてくる。被害妄想が止まらない。
とりあえず、まずは謝ろう。
私は立ち上がり、目を合わせる。
大丈夫。「ごめんなさい」を言った後プリントを拾ってすぐ逃げよう。
怖くない怖くないと自分に言い聞かせる。
言葉が詰まってなにも言えない。
「……っ、ご、ごご、…ご」
と、謎のうめき声をずっと出している。
一方、目の前のギャルは頭にはてなを浮べているようなきょとんとした顔で首を傾げている。
恐怖がピークに達した私は即座にプリントを拾い集め、何も言えずにその場から
走って逃げ出してしまった。
途中、何か声が聞こえた様な気がするがそんなことに構っていられる余裕が今の私にはなかった。
逃げている間も自己嫌悪に駆られる。
なんで謝れなかったんだろうと。
どうやら私自身が変わるのには、まだまだ時間がかかりそうです。
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