第15話 Café GRENDEL⑤ 早撃ち勝負

 ジェムはエルドが汚れたコートと帽子をはたきながら、外に出てくるのを見た。帽子を胸に置きながら、エルドは口を開いた。

「こんな朝から駅前で暴れて、大丈夫なんですか?」

 暢気そうな口ぶりから、エルドが何らかの勝算を持っていることを推測し、ジェムは油断なく、光を反射し輝く宝石と化した右腕をエルドに向けた。

「ええ、だから商談は早急に終わらしたいのです。心臓をお譲りください」

「……商談と言いましたが、心臓を譲って、私は何を得るんですかね?」

 ジェムはエルドの得るものをわからせるため、閃光を放った。閃光はエルドの顔の横を通り過ぎ、再びカフェの壁を切り裂いた。店内から悲鳴が上がった。

 優越感を感じながら、ジェムは言った。

「私は、貴方の神滅心臓を得る。貴方は、他の人たちの命を守れる。双方、得なことしかありませんよ。では、商談は成立ということで……」

「……宝石化」

 エルドの言葉にジェムは、眉を顰めた。

「は?」

「体を宝石化させ、体内に取り込んだ光を反射、収束させ、レーザーとして照射する能力といったところでしょうか。実に宝石商っぽい能力です」

 ジェムは舌打ちする。だが、能力を看破されてもこちらが優位であることには変わりはない。

「見たところ、速射性に優れた能力ですね」

 エルドは、笑みを浮かべて言った。

「では、早撃ち勝負です」

 ジェムは、鼻で笑った。エルド・リゼンハイムの能力『グングニル』は確かに強力無比ではあるが、能力発動からグングニル本体を出現させるまでに時間を必要とすることは調べがついている。ジェムの能力『サンライト・ハイライト』のレーザーなら、グングニルが出現する前に、エルドの頭を撃ち抜ける。

「勝てる、と思っていますね」

 エルドがジェムの内心を言い当てた。

「私の能力に弱点があるとすれば、出だしの遅さですからね。でも」

 本当にそうでしょうか、と言い、エルドが胸の前にかざしていた羽根つき帽子をどかした。

 ジェムは、エルドの胸に鬼火がすでに灯っていることを見た瞬間、躊躇なく、エルドに向けてレーザーを発射した。

 だが、レーザーは出なかった。

「は? あ? なん……」

 ジェムは、自分の胸から鬼火の青い光が消えていることに気づいた。体が宝石から普段の肉体へと戻っている。


「早撃ち勝負は、ノクさんの勝ちです」


 ジェムはエルドの視線の先、自分の後方を振り向いた。先ほどまでエルドと一緒に朝食を食べていた女が立っている。女の胸には鬼火、伸ばされた腕は放電している。ジェムは、たまらず叫んだ。

「二対一、しかも挟み撃ち! ひ、卑怯者!!」

「貴方に言われたくありません」

 呆れた声とともエルドが振るったグングニルの衝撃波で、ジェムは吹き飛んだ。


「いやはや、助かりました」

 エルドは店員からケーキの箱を受け取りながら、ノクターンに言った。

「助けてくれたということは、私の提案を受け入れてくれたということでいいですよね」

 ノクターンは半壊したテラス席に座り、そっぽを向いている。

「まあ、何はともあれ、これでやっと帰れます」

 

 ユグドラシルへ。








 

 

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