第14話 Café GRENDEL④ 宝石商

 話しかけられたエルドは、男に視線を向けた。

「ええ、そうですが……」

「おお! やはり! ご活躍のお話はよく伺っております!」

 男は懐から名刺を取り出し、エルドに渡した。

「宝石商……ジェム・パンドラ、さん?」

「はい、クアドロシッドで小さな宝石店を営んでおります」

 男……ジェムは、持っていた重厚なスーツケースを開けた。中には、様々な種類の宝石が鎮座している。

「当店は、宝石の訪問販売も行っておりまして……高名なエルド様に是非購入のご検討いただきたく」

 ジェムは、ノクターンの方をちらりと見た。

「贈り物……プレゼントにいかがでしょうか?」

 ノクターンはため息をつき、どうやら勘違いしている宝石商に言った。

「いらない。勘違いしているようだから言うが……私は、そこのリゼンハイムにプレゼントをもらうような関係の者じゃない」

 えー、と心外そうな顔をするエルドをノクターンは無視した。

「なんと……これは失礼いたしました」

 ジェムはスーツケースを閉めながら、エルドに言った。

「では、本業ではなく……副業の方の話をさせていただきましょう」

「副業?」

「ええ、実は私、宝石商の他にも事業をやっておりまして……こちらは、売るのではなく、買取業なんですが……」

 ジェムは、スーツケースを地面に置いた。

「実は、エルド様から買い取りさせていただきたいものがございます」

 ジェムの腕がエルドに向けられた。

「心臓、お譲りください」

 ジェムの胸に鬼火が灯った。


 エルドは、とっさに席を蹴って後方へと飛んだ。

 向けられたジェムの腕から放たれた一筋の閃光が、テラスの席と机を切り裂き、地面を焼きながらエルドの動きを追ってくる。

 背後に飛んだ勢いでガラス壁をぶち破り、エルドはカフェの店内へ飛び込んだ。突然のことに驚いた表情と視線を向ける客や従業員に叫んだ。

「伏せて!!」

 エルドを追う閃光が店内を走り回り、棚、カウンターを次々に切り裂く。

 悲鳴が上がる。

 しばらくすると、店内を縦横に走りまわっていた閃光が消失した。伏せながらエルドは、店内の状況を確認した。切り裂かれ店内は無残な状態ではあるが、伏せている客たちの様子を見る限り、幸いにもケガをしている様子はない。

 店の外から心臓狩人の声が聞こえた。

「今ので死んでいないのはわかっております。 さっさと出てこないと私の能力が無関係な人を切り裂いてしまうかもしれませんよ~」

 再び、閃光が店内へ放たれ、悲鳴が上がった。

「ああ、それとグングニルは使わないでいただきたいですねぇ。貴方が能力を使ったら、私は無差別で能力を乱射いたしますよ~」

 だいぶ卑怯な相手だな、と思いながらエルドは能力使用を中断した。

 外に出ざる得ない。店内にいれば、いつか閃光で死傷者が出る。まあなんとかなるだろうと思い、エルドは立ち上がった。

「あ、そうだ」

 エルドは、切り裂かれたカウンターの方を見た。数名の従業員がカウンターに隠れながら、エルドを見ていた。

 エルドは懐から取り出した手帳の一頁に書き込みをして破り取り、従業員の一人へ放り投げた。

「持ち帰りで、お願いします」

 そう付け加え、エルドは自身が割ったガラス壁から外へ出た。


 従業員の手にした切れ端には、こう書かれていた。

 シュガーハニークリームチョコレートケーキ6個、と。

 

 

 

 



 

 

 





 

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