第5話 序章 鬼火と共に来る⑤ 神槍顕現
勝った。
そして、まだだとギフトは思った。
エルド・リゼンハイムを同じ人間と考えることは誤りだ。こいつは、噂通りの化け物だ。 心臓狩人としてエルドの心臓にどれほどの値がつくか気にはなったが、確実にこの世から葬り去らなければと思いなおし、ギフトはさらに火炎放射を続ける。
シャイニング・ハーヴェスター、火炎放射形態。心臓狩人になってからは一度も使っていない力だが、戦闘部隊にいた頃は、これでよく人型の炭を作っていた。威力は折り紙付きだ。
奴は炭にすらしない、完全に焼失させようとギフトは、人の形で燃え上がるエルドを見た。
動いていた。
「は」
ギフトは、瞠目した。
人型の火と化したエルドが動く。右手をゆっくりした動きで胸の前に運ぶ。
「顕現」
ギフトは燃え上がる炎の中から響く、エルドの声を聴いた。
赤い紅蓮の炎の中に、青い鬼火が灯った。
「馬鹿な」
鬼火の光は強く、炎の赤を青色に染め上げていく。
「馬鹿な」
赤い炎を染める、鬼火の青い光の向こうに無傷のエルドの姿をギフトは見た。
「馬鹿なあああああ!!」
恐怖の叫びをあげ、ギフトは最大出力の火炎放射を放つ。渦巻く炎がエルドに襲い掛かった。
だが、炎がエルドに届くことはなかった。エルドの右手に握られた、黄金色をした槍から放たれる光が障壁となり、炎を防いでいた。
槍。エルドの持つ、光の槍を見てギフトはその名を呟く。
「グン……グニル!!」
「さっすが! よくご存じで!」
ギフトは、エルドが右手を引く動作を見た。予測される攻撃は、単純な突き。刃を前方へ向かって突き出す、単純な攻撃。もちろん、距離的に刃がギフトへ届くことはない。
不発、無駄な攻撃。
だが、それは得物がただの槍であった場合だ。
ギフトは知っている。ハートホルダー、エルド・リゼンハイムの能力「グングニル」が尋常の能力ではないということを。
エルドの能力で現出したグングニルは、最高神オーディンの武装。槍の形をした超エネルギーの塊。
そこから放たれる、突きは。
「そうそう、最後に質問に答えておきましょう」
エルドが言った。
「なぜ、能力を使わないのか? もちろん、舐めてたわけじゃありませんよ」
そして、答えと共に突きは放たれた。
「追い詰められてから使ったほうが、カッコいいからです!!」
ギフトは、見た。放たれたのは、単純な突き。ただの一突き。その一突きから発生した衝撃波が、シャイニング・ハーヴェスターの火炎放射を易々と真っ二つに切り裂き、自身へと迫りくる光景を見た。
四肢がおかしな方向へ曲がることを感じながら、ギフトは吹き飛び、仮面が割れると同時に意識を失った。
人工池近くの林の中、向こう岸で戦闘が終了する様子を女は見ていた。
「エルド・リゼンハイム、世界樹の魔人の名は伊達ではないか」
理想とは程遠い結果だった。少しでもエルドがダメージを受ければと思い、クアドロシッドの臓器密売組織や心臓狩人の情報を流して場を整えたが、結果は無傷。
しかし、得るものもあったと女は思う。エルドが実際に戦う様子を確認できたことは大きい。なんの拘りか、エルドは能力を最後まで使わないことも分かった。
能力を使う前に、勝負を決める。
エルドは強敵だ。間違いなく、世界最強のハートホルダーの一角だろう。
だが、女には負けられない理由があった。必ずエルドを倒し、教授と呼ばれる男のもとへ連れていく必要があった。
姉さんを私は取り戻す。
女はきびすを返し、林の闇の中へと消えた。
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