第6話 雷華の夜想曲① 西ヨーム駅にて
始発列車はゆっくりとしたスピードで、夜闇の暗さが残るホームへと入ってきた。
グラマティクス大陸鉄道、西ヨーム駅。朝日が昇る前、始発まで余裕のある早朝のため、往来する人の数はまばらだ。
その構内の片隅にエルドはいた。手には、本部直通の通信端末が握られている。
「ソフィ・アークライト嬢は病院に運び……ええ、大きなケガもなさそうですね。あ、ギフトは簀巻きにして担当部署に引き継ぎました」
「それは、重畳」
エルドの通信相手、局長補佐であるフラムは言った。
「先ほど、レゾン殿からも臓器密売組織の残党制圧との報告がありました」
「任務は無事完了ですね……レゾンさんからって、何か伝言あります?」
おお! そうそう、とフラムは言った。
「いやはや、忘れるところでした。私も歳ですなぁ。えー、ゴホン。西ヨーム駅前のカフェ・グレンデルのシュガーハニークリームチョコレートケーキが食いてぇ! とのことです」
「声マネまで、ありがとうございます。レゾンさん、相変わらず、甘党ですねぇ」
「これは、また、定期の健康診断で引っ掛かりますなぁ」
エルドは苦笑して言った。
「わかりました。では、お土産に、そのシュガーハニーなんとかを買って帰ります」
その時、エルドは通信端末から誰かの足早な足音を聞いた。
「へ? は? 局長、何か? エルド殿、少々お待ちを」
何かあったのか、とエルドは首を傾げた。
「はい……はい……なんと! 局長、それは……今までの努力が水の泡に……いや、しかし! ……むう、そこまでのご覚悟が……わかりました」
通信機から聞こえてくるフラムの真剣な声色から重要な内容であることを感じ、エルドは眉を顰めた。
「お待たせしました。ラーナ局長より、伝言があります」
緊急の任務かと、エルドは身構えた。
「局長からは、非常に重要と強く念押しされております……聞けば断ることはできなくなります……お聞きになりますか?」
エルドは、思わず唾を呑み込んだ。今でこそ局長補佐として前線に立つことはないが、若き日は戦場で暴れまわった伝説を持つ古強者であるフラムがここまで緊張感を漂わせるとはただ事ではない。
緊急事態であることを察し、エルドは言った。
「言ってください、フラムさん。この力を誰かの役に立てることが生きがい……いえ、人の為に働く、負けない、死なないことは私の義務です」
「……エルド殿」
フラムからの通信が途絶えた。言うことに躊躇を憶えるほどの任務なのかとエルドは思い、再び通信が再開されるのを待った。
そして、その時は来た。フラムの声が通信端末から聞こえた。
「では、局長からの伝言をお伝えします」
エルドは、瞑目し覚悟した。きっとこれから伝えられる任務内容は、自分にとって最大級の困難な内容であろう、と。
そして、局長からの伝言が発せられた。
「そのケーキ、私も食べたい、とのことです」
「……………」
エルドは、思わず天を仰いだ。駅の天井を見上げながら、局長、ダイエット中じゃなかったかなぁ、と思った。
「……わかりました、局長の分も買って帰りますよ」
「ああ、それと、私からも」
アンタもケーキ食べたいのか!? とエルドは思い、
「いや、もうわかりました……フラムさんの分も買って帰りますよ」
いやいやケーキの話ではなく、と通信機越しにフラムは言った。
「情報提供者の件です」
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