第3話 序章 鬼火と共に来る③ 世界樹の魔人
―え。
痛みと熱は、いつまでたっても来なかった。
ソフィは、近くにいる心臓狩人の気配を感じた。燃え盛る鎌が上げる炎の音も聞いた。心臓狩人の気が変わって、ソフィの心臓をあきらめて帰ってくれたわけではなさそうであった。
何かの変化を感じ取ったソフィは、おそるおそる閉じていた目を開いた。
心臓狩人は変わらず、ソフィのすぐ傍に立っていた。だが、心臓狩人はソフィを見ていない。動きを停めた心臓狩人の視線は、林の外へと向けられている。
「馬鹿な」
心臓狩人の呟きをソフィは聞いた。
「馬鹿なっ! なぜ、なぜ貴様がここいる!!」
心臓狩人は、明らかに狼狽していた。その様子を見て、先ほどまで正体不明の化け物のように感じていた心臓狩人が、自分と同じ人間であることをソフィは再認識した。体を硬直させていた恐怖が薄らぎ、ソフィは心臓狩人の視線の先を見た。
林の入口に立つ、男の姿をソフィは見た。雲の切れ間から降り注ぐ月光が、その輪郭を明らかにしていく。羽根つき帽子、黒いコート、顔には笑みを浮かべている。
「なぜ、ここにいるか? ですか」
うーん、と男は考え込む素振りを見せて、言った。
「まあ、確かに。本来なら、ここには寄らないはずでした。クアドロシッドの臓器密売組織を壊滅させた後は、ユグドラシルへ直帰する予定でしたからね」
言いながら男は、林の中に歩を進めた。心臓狩人が炎鎌を構えたまま、一歩下がったのをソフィは見た。
「でもね、途中で聞いちゃったんですよ。ある心臓狩人の情報を、ね」
男は、にっこりした笑みを浮かべながら、心臓狩人を指さした。
「つまり貴方を捕まえに来たんですよ、心臓狩人、ギフト・クランクハイト」
瞬間、心臓狩人が動いた。炎鎌を振り上げ、男に向かって飛び掛かる。心臓狩人が声を上げた。それがソフィが聞いた、心臓狩人の最後の声であった。
「舐めるなよ! エルド・リゼンハイム!!!!」
エルド。
エルド・リゼンハイム。
心臓狩人が読んだ男の名に、ソフィは覚えがあった。というよりも、知らない人の方が少ない名前だ。自分や、あの心臓狩人のように特別な心臓「神滅心臓」を持つ者、滅びた神々の力を行使できる能力者、ハートホルダーの中で最も有名な名前。
死線散歩者、鉄森の後継、要塞落とし、魔竜狩り、都市伝説のような多く逸話と多く異名を持つ者。そして、最も有名な異名と共に謳われる者。
世界樹の魔人、エルド・リゼンハイム。
鬼火と共に英雄はやってきた。
助かった、その安堵から、ソフィの意識は暗転した。
ソフィが目覚めるのは全てが終わった十二時間後、病院のベットの上である。
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