第8話 雷華の夜想曲③ デートの誘い
エルドは人目を避けてホームから線路に降りると、西ヨーム駅に隣接している貨物ターミナルへと向かった。
今だ日は昇っておらず、夜の闇が残っている。車両の動く金属音が響く中、コンテナが左右に壁のように積み上げられている線間をエルドは進んでいく。
そろそろ待ち人が来る頃かと思い、エルドは立ち止った。ここならば、周囲を気にせず行動を起こせるだろう。
エルドは、数メートル先の暗がりから近づいてくる足音を聞いた。
おや、とエルドは思い、暗がりに向かって言った。
「てっきり不意打ちなり、仕掛けてくると思ったのですが」
エルドは羽根つき帽子を脱ぐと、胸にあてた。
「貴女が、ハートシーカーさんですね」
暗がりから、腰まである長いポニーテールを揺らしながら女が姿を現した。女の青い瞳はじっとエルドを見つめている。女は口を開いた。
「エルド・リゼンハイム、一緒に来てもらいたい」
「おや? 早速デートのお誘いですか」
エルドは、おどけて言った。
「情報提供のお礼に、こちらも食事に誘おうと思っていたところです」
「デート……なるほどな、確かにそうかもしれない」
女、ハートシーカーは笑みを浮かべ、だが、と続けて言った。
「デートに誘っているのは、私ではない。私はあくまで伝言係兼案内係だ」
「……それは、残念」
エルドは心底残念そうに言い、羽根つき帽子をかぶりなおした。
「で、誰が私を呼んでいるんです?」
エルドの問いかけに、女は簡潔に答えた。
「フェーデ」
フェーデ。
その名を聞いた瞬間、エルドの思考に空白が挟まった。
フェーデ・アドヴェント。
エルドはその名を口に出そうとして、飲み込んだ。何かが腹に納まったように感じた。それは、きっと覚悟なのだろうなと思った。
何に対しての覚悟なのか、エルドは自分自身に問いかけた。過去? 心臓? 復讐? もしくは死? どれもが正解であり間違いのように感じる。
単純な話のはずなのに。
なんにせよ、終わりが始まったことは確かだ。エルドは自分と正対する、教授が送り込んできた
彼女が、終わりへと向かうスタートの合図だ。
「フェーデ、フェーデ・アドヴェント。知っているだろう?」
ハートシーカーの問いかけに、エルドは頷いた。
「……もちろん、よく知っています。フェーデ・アドヴェント、通称は教授。元神滅心臓研究機関所属、天才科学者にして生化学者」
そして。
「多くの人体実験と臓器密売に関与し、即時殺害が認められるドラウグ級に指定されている重犯罪者」
定型の文言を読み上げるようにエルドは、言った。
ハートシーカーは頷いた。
「先に言っておく……私は教授の仲間ではないし、お前と教授がどのような関係なのかは聞いていない。ただ、自分のもとに連れてきてほしいと教授本人から頼まれただけだ」
「で、私を連れていくと、貴女は教授から何をもらえるんですか?」
エルドは、聞いた。
「教授に頼まなくても、私にできることであれば、協力しますが?」
ハートシーカーは、あきらめた顔で首を横に振った。
「教授にしかわからないことだ」
「……そうですか」
「で、返答は」
「ハートシーカーさんとのデートだったら行きますが……」
「そうか」
途端、ハートシーカーの気配が変わり、エルドは身構えた。不意打ちせずに正面から現れたことから、彼女もまたハート・ホルダーであることをエルドは推測した。自然とエルドの視線は心臓のある、ハートシーカーの胸に向かう。
大きい。
いやいや、とエルドは雑念を振り払った。ハート・ホルダーとの戦闘では能力発動を示す心臓の発光現象を早く察知することが、勝負の別れ道になる。ハートシーカーはエルドの能力を知っているが、エルドはハートシーカーの情報を何も知らない状況なら、なおことであった。
「ところで」
エルドは、何も知らない現状を変えるために口を開いた。
「ハートシーカーって、偽名ですよね」
ハートシーカーは一瞬、虚を突かれた顔をした。その反応を見て、エルドは続けて言った。
「名前くらい、教えてもらえませんか?」
エルドの問いかけに、ハートシーカーは無言。
だめか、とエルドがあきらめかけた時、ハートシーカーは笑みを浮かべた。
ハートシーカーはエルドの問いかけに答えた。
「ノクターン。それが私の名前だ」
瞬間、ハートシーカー……ノクターンの胸に青い光が灯るのをエルドは見た。
そして、轟音が響き渡った。
大気を震わせる雷鳴が、西ヨームの街全域に轟いた。
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