第3話 王都

 淡く光る月明かりを、地面に落ちた刀身が妖しく反射している。

 どこか禍々しい雰囲気のあるその剣は、行き場を失ったように倒れていた。


 魔族が持っていた剣。

 持ち主が誰だからといってどうということはないだろうが……。

 違う人種、それも敵対している種族……。


「ま、この職ついてるし、変わらないか」


 特に悩むことなく、すぐに決断した。

 神話の世界を滅ぼしかけた伝説の聖剣と、人間と敵対している魔族が持つ剣。


 ──同じでは?


 俺は落ちた剣を、地面から拾い上げた。


 かなりの魔力量があることがすぐに分かった。それに、魔国特有の"瘴気"もかすかに纏っていた。


 聖剣からは、封印されているとはいえ、微かに聖なる力が漏れている。この草原を覆うくらいには。


 聖なる力は『瘴気を浄化する』というのに、この剣は瘴気を纏っていた。

 それはつまり、浄化しきれないほどのえげつない量の瘴気をもともと持っていた、ということである。


「……もしかしてあいつ、かなり強かったのでは?」


 四天王の手下、と言っていたが、もしかすると側近レベルだったのかもしれない。

 それほどまでに高位の魔族も、聖剣の恐ろしさを忘れていたというのか……。


「そりゃあ、最低賃金にもなるわけだ」


 たしかにあの逸話は、生命体が想像するには無理かあるほどの、幻ともいえるようなものなのだから。

 仕方がないか。



 それはそうと、この剣──魔剣の禍々しいオーラだけは抑えなくてはいけない。

 どういうわけか、俺は全く影響がないが、瘴気というのは人間には毒なのだから。


 人に瘴気、魔族に聖なる力、である。


「ま、でも、聖剣と同じ要領でいいか」


 俺は握り潰す勢いで力を込めて、柄を強く握りしめた。

 すると、目論見通りオーラが収まっていくのが分かる。どういう原理か分からないが。


「俺でもできるのに、なんで誰もやらないんだろうな」


 そして、ほぼすべてのオーラを押さえつけるのに成功すると、俺はその状態の魔剣を維持しながら持って、家に向かって歩き出した。


 その道中。


「もしかして、これがあれば俺でも魔族と対抗できるのでは?」


 そうだ。

 結構強そうな魔族が持っていた魔剣だぞ?うまく使えれば、俺でも戦えるかもしれない。


 しかし、魔剣ということは何か特質的な効果があると考えられる。

 何も知らずに使うのは、少々危険かもしれない。


 だが、俺の職業は"メンテナンス"であって"鑑定"ではない。"調べる"という行為は俺にはできない。

 あっ。


「そうだ。王都へ行こう」


 餅は餅屋だ。武器鑑定を専門としている店に行こうではないか。






 ◇ ◆ ◇






 次の日。俺は鐘の音で目を覚ました。

 しかし、夕刻の鐘ではない。その証拠に、窓から燦々と差し込む光は白にも見えるほどの明るさで、焼き付くような暑さだ。


「本当の朝か」


 布団の近くに置いてある懐中時計は昼──正午を指していた。


 俺は二度寝したい欲に抗って立ち上がり、珍しく身だしなみを整え、外出用のバッグに金銭などを詰めた。

 鑑定にどれだけかかるか分からないし、どうせなら夕飯もあちらで食べようと思い、少し多めに金銭を準備する。


 そしていつぞやにもらった、一度も使ったことのない鞘に魔剣を収める。

 今知ったのだが、どうやらこの鞘、剣の形に応じて大きさの変わるマジックアイテムだったようで、ちょうど入った。


 マジックアイテムはかなり希少と聞いたことがあるが、俺が持ってるということは多分普及してるものなんだろうな。


 鞘の紐を肩からかけ、腰の位置に来るようにセットする。バッグも手に持つ。

 そしてドアを開け、灼熱の世界へ踏み出した。




 王都まで一時間ほどかかったが、俺の体質と風の強さも相まって、さほど汗はかかなかった。

 また、なんの奇跡か、道中魔物に遭遇することもなかった。

 冒険者たちが狩ってくれてたのだろう。知らんけど。


 正面入り口である大門も、王国民証明書を提示して、詰まることなく通過した。


 王都の中心にある一番大きな街道は、人通りも多く賑わっていることが分かる。

 俺は数カ月おきにしか王都に来ないが、ここはいつでも賑わっていた。王国の統治の素晴らしさが伺える。


 街道の先にある王城を見ながら、俺はそう思った。


 王都に入ってすぐの左の通路には、さまざまなギルドや店が立ち並んでいた。

 そのことから、"ギルド通り"とも呼ばれている。


 ギルドというのは、冒険者ギルドをはじめとし、従魔ギルドや農業ギルドなどいろいろな種類が存在している。


 俺は出発する前に、庭で育てた作物をいくつか収穫して持ってきておいた。それを売るために、俺は農業ギルドに入っていく。


「兄ちゃんいらっしゃい!」


 カランカラン、とドアベルがなり、受付にいるおっちゃんが俺に声をかけてくる。


「どもども」

「滅多に若いもんが来ねえから、嬉しいもんだな! それで、今日は売買どっちだい?」

「バイです」

「ごめんな俺の生き方が悪かったな? 買い取りと買い物どっちだ?」

「あ、買い取りをお願いします。よく育ったものが採れて……」


 俺はバッグから、雑紙に包んだ野菜をいくつか取り出し、カウンターの台の上にのせる。

 すると、おっちゃんは鑑定スキルを発動し、野菜の状態を調べ始めた。


 農業ギルドのような場所では、武器の詳しい鑑定をするには、スキルレベルが足りない人たちが勤めている。


「ほー! こりゃすごいなぁ。旬でもないのに、旬のものよりも栄養価が高い。そうだな……一つ銀貨二枚でどうだ?」

「えっ、そんなにいいんですか!? いつもは銅貨五枚くらいなのに」

「あぁ! 品質の良さと、この時期の採れにくさを考えたら妥当だと思うぜ」


 思ってもなかった多額の収入に俺は喜ぶ。

 おっちゃんは野菜を裏に持っていき、その後金銭の入った麻袋を持って戻ってきた。


「はいよ! 銀貨四十枚だ! 確認してくれ」

「ありがとうございます…………あれ、十枚多くないですか?」

「あぁ、それはこの不作の時期に、これだけ品質のいい野菜を持ってきてくれたお礼だ。遠慮なく受け取ってくれ」

「そ、そんな……ありがとうございます!」


 俺は笑顔で農業ギルドを後にした。

 まったく、シュリさんとは大違いだ。






 ◇ ◆ ◇






 次に俺は、一番の目的である国立の武器屋に来た。

 王城の近くにあるかなり大きな建物で、中も多くの人で賑わっていた。


 俺は一番短い列に並び、待つこと十数分。前の人の対応が終わり、俺の順番が回ってきた。


「大変お待たせしました! 本日はどういったご要件でしょうか?」


 女性のスタッフは、慌ただしい様子で定型文を口にする。


「剣の鑑定をお願いします」

「鑑定ですね。では、カウンターの上に置いていただけますか?」

「分かりました」


 俺は鞘から魔剣を抜き、カウンターの上に置いた。

 そしてすぐ、あることが俺の頭によぎった。


 魔剣って、普通の人間からしたら嫌なのでは?

 誰が普通の人間じゃないって?


 とはいえ、もう置いたあとなので、気にするだけ無駄か。


「ありがとうございます。それでは──【鑑定】」


 彼女は魔剣に手をかざし、早速スキルを発動した。その手が薄く光り、今頃彼女の頭の中には、この魔剣の情報が浮かんできているのだろう。


「え、ま、魔け……!?し、少々お待ち下さい!」


 やっぱり駄目だったようだ。

 彼女は慌てて裏に走っていった。ギルド内がざわざわと少し騒がしくなる。


 そして、数分後。先ほどの女性が1人の初老の男を連れて戻ってきた。


「えっと」


 俺がなんと声をかければいいか困惑していると、


「お客様、奥の部屋にご同行していただけますか?」


 男が俺に声をかけてきた。

 "同行"と言われると、何か悪いことをした感じがするが──いや、彼らからしたら、実際そうなのかもしれないが──特に断る理由もないため、頷きを返し、大人しくついていくことにした。




『応接間』と名前のつけられた部屋で、俺と男──この武器屋の店長、カルドさんの2人が、机を挟んで向かい合うようにソファに座った。


 机の上には魔剣が置かれている。


「まず……この剣のことはどこまで知った上でここに来た?」


 俺が何から話せばいいかと言い淀んでいると、沈黙を破るようにカルドさんが口を開いた。

 魔剣のせいなのか、敬語はなくなっていた。


「詳しいことは何も。ただ、魔剣ということだけ」


 嘘をつくことには、何も利点が無いと判断した俺は、正直に話した。

 これであれば、失敗になることはまずあるまい。


「……そうか、"魔剣"ということは分かるのか。何も知らないと言うのであれば、このまま帰ってもらおうと思っていたが」


 失敗だったようだ。マジかよ。


「ならば、あんたも腹を割って話せ」

「そういうことなら、分かった」

「一回、『しかし……』みたいな躊躇いフェーズを挟んだ方がいいと思う」

「マジかよ」


 俺は敬語をやめた。


「まず、今俺はあんたを"裏切り者"とか"異端者"だと疑っていることを理解して欲しい」


 カルドさんは、目を細め、圧をかけるように言ってきた。

 当然のことだ。魔剣とはそういう存在なのだから。


 俺は頷きを返した。


「まず、分かっているとは思うが、"魔剣"は魔族が使うものだ。あんた、魔族を倒したのか? 有名な冒険者ではないようだが。それとも、魔族側についたのか?」

「いや、ついてもないし、そもそも俺は冒険者ですら無い」

「は……? なら、なんでこれを……」


 少し悩んだが、俺は事の経緯を──"メンテナンス"という職に就いていることから魔剣を入手するまでを、すべて話すことにした。


 馬鹿げた話と嘲笑されるかもしれないと危惧していたが、カルドさんは真剣に聞いてくれた。

 その様子だけで、魔剣の重要度が分かる。


「……なるほど。あの聖剣をメンテナンスしているのか」


 カルドさんは俺の話をすべて聞き終えると、圧が収まる。


「疑わないんだな」

「疑ってほしいのか? あんたの話は辻褄が合っているし、"メンテナンス"の話をした時点で嘘ではないと分かった」

「そうなのか?」


 "メンテナンス"という仕事の、どこに信憑性があったんだ?

 俺はそのことだけが分からなかったため、思わず反射的に聞き返した。


「知らないのか?」


 カルドさんが、本当か? といった様子で聞き返してくる。

 その様子に、俺はさらに詳しく思い出そうとするが、シュリさんが何か言っていたかは思い出せなかった。


 俺は首を横に振る。

 すると、カルドさんが説明をしてくれるようだ。


「あんたが就いてるその"聖剣のメンテナンス"っていう職業、一般にはほとんど知られていないんだ。そもそも、"聖剣"に関する情報は、ほとんど統制されている。大体の国民が知っているのは、『千年前、聖剣によって世界が壊滅しかけた』という事実だけだ」

「ならなんでカルドさんは知っているんだ?」

「さん付けはいらないぞ。俺が知っているのは、この"国立武器屋の店主"になったからだ。王国直属の武器屋ともなれば、聖剣と関わる機会があるかもしれないからな。あぁそうだ。この店で"メンテナンス"のことを知っているのは、俺だけだ。」


 なるほど。

 少人数、それも国の上層部やカルドさん──否、カルドのような人たちにしか知られていないからこそ、"メンテナンス"の時点で信用されたようだな。


 シュリさん、そういうことはちゃんと伝えろよ。


「あぁ、申し訳ない。本題からズレすぎたな」

「いや、知らない情報を知れたから、嬉しい限りだ」

「それでは早速本題だが……なぜこの魔剣をうちに?」


 カルドは、今度は圧をかけることなく聞いてきた。


「この魔剣、どうやらかなり強いようなんだ。今度魔族と遭遇したときに俺が使えるように、特質的な能力がないか鑑定をしてもらいたい」

「無理だ」


 即答だった。間髪入れずにカルドは返してきた。

 俺は怪訝そうな顔を浮かべる前に、ポカンとした表情になってしまう。


「あぁ、鑑定自体はできるからな。この国じゃ、俺の鑑定スキルが一番レベル高いんだから」

「なら、『無理』ってのは……」


 俺が聞くと、カルドはズバッと言い放つ。


「あんたが使うことだ。魔剣は、あんた──いや人間が使えるものじゃない」

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