第4話 魔剣

「『無理』っていうよは、あんたが使うことだ。魔剣は、あんた──いや人間が使えるものじゃない」


 カルドはビシッと言い切った。

 王国一の鑑定士、ひいては武器について一番の理解者である彼が言うのだから、そうなのだろう。


 だが、だからといって「はい、分かりました」と引き下がるわけには行かない。

 理由が無いことには、納得できるものもできない。


「なんでなんだ?」 


 だから、俺は正面から聞き返した。


 カルドは、はぁ、とため息をつきながら、ソファの背もたれに深くその身を委ねた。

 頭もソファの形に沿うように預け、そのまま重力に従って顔面を上に向けた。


「あんたはどうやって魔剣だと分かった?」

「そりゃあ、魔剣の特徴である禍々しいオーラと魔力、それに纏っている瘴気──」

「それだ」


 カルドは俺の言葉を遮って言う。

 体を動かし前傾姿勢になり、机の上に両肘をつきながら彼の顔の前で手を組む。


「瘴気は人間には毒なんだよ。それに魔剣の持つ魔力量は膨大すぎて、扱うのは至難の業だ。あんたがどうやってここに持ってきたのかすら、不思議で仕方ない」


 そういえば、聞いたことがある。

 それなりに高位の魔族──今回聖剣を襲撃してきたような魔族のことでもある──は、魔力を一般の人間の数十倍多く保有している。


 そういった理由で、魔力の扱いに長けている魔族は、莫大な魔力を込められた魔剣を扱えるようだ。


 人間は、"レベル"という概念があるおかげで魔族と拮抗することができている。

 高レベルの冒険者ともなれば、魔力総量もある程度多くなるため、魔剣も使えるだとか。


 だが、メンテナンスしかやってこなかった俺のレベルが上がってるわけもなく……。


 そういった理由から、『無理だ』と言ってきたのだろう。


「そう、なのか」

「代わりと言っちゃなんだが、この魔剣はうちで買い取るぞ? かなり強い魔族の物っぽいし、金貨一枚くらいで買い取るが」

「そ、そんなに……貰えるのか!?」


 金貨一枚……銀貨にすれば千枚、銅貨にすれば一万枚!?

 この魔剣を売ったら、二千日分の給料がポンって入ってくるのか……?

 俺はあまりの額の多さに、脳がオーバーヒートしそうになる。


「それだけ魔剣ってのは貴重なんだ。どうだ?」


 商談のような雰囲気に変わったカルドが、改めて俺に提案してくる。

 それに俺は、二つ返事で了承の意を示そうと思って口を開き──声を発することなく、口を閉じた。


「一旦保留でもいいか?」

「ほう? 金貨一枚では足りないと」


 カルドの眼光が鋭くなり、俺を睨みつけてくる。喉がヒュッと鳴る。

 だが、怒っているわけでは無いようで、その目の奥には優しい光が見えるような気がする。


 ……本当に怒ってないよな? 俺の見間違いだったら詰むんだが……。


「いや、金貨一枚とか十分すぎる。五年分の給料だ」

「いやいや待て待て。えっ五年分? 一般人の年給と同じじゃねえか。俺の年給とか、金貨五枚だぞ?」


 カルドはあまりの驚きに、無理やり作っていた神妙な顔つきが崩れた。

 やはり怒っていなかったようで、俺は心の中で胸を撫で下ろした。


 それはそれとして。

 カルドが驚いたのは俺の給料の低さだけではないだろう。 

 『それだけ給料が低いのに、なぜ魔剣を売ろうとしないのか』。こちらの理由の方が、割合としては多い気がする。


 俺だってその額の多さに、一瞬反射的に「お願いします」と答えそうになったのだから。

 しかし、踏みとどまった。

 大切で、重要な考えが、俺の頭をよぎったからだ。


 こんなの、我儘かもしれない。実際そう思われてしまうだろう。

 だがそれは、俺にとっては瞬発的に出た判断を変えてしまうような、大きなことだ。


 だから俺は、カルドの目をしっかりと見据えて言った。


「魔剣、めっちゃ使いたいんだ。おもろそうだもん」


 ぶふっ


「……すまん」


 カルドは右手を口元に寄せて俯いた。その肩が、小刻みに震えていた。

 吹き出したことなど、誰が見ても一目瞭然だった。


「い、いやだからな、そういう根性論が通用しないんだ。あんたには使えない」

「でもそれ、"今は"だろ? レベルが上がれば使えるんだ」


 幸いにも、俺は金には困っていない。

 基本はあの森での自給自足で賄えているし、そのおかげでこれまでの貯蓄もある。


 王都の娯楽などに使える金が無くなるが、それも心配する必要はない。

 これからは、『魔剣を使えるようになる』という、とっておきの娯楽が生まれるのだから。


「……それは、そうだが……」


 カルドは、いまいち納得していない様子で、形式だけの相槌を返してきた。


「……ま、俺がとやかく言う権利は無いからな。お客様の考えを優先する」

「あぁ。あ、ただ諦めて売りに来ることはあるかもしれないから、その時はよろしく頼む」

「せめて最後までその意思貫き通してくれよ」


 カルドが小さく笑いながら立ち上がった。それに続いて俺も立ち上がった。


 その時に魔剣を右手で持ち上げる。



「おい待て」



 すると、カルドがなんとも言い表せないような声色で、俺の行動を止めてきた。

 今度はどうしたのだろうか。そう思い彼の顔を覗くと、目を丸くしながら俺を──いや、俺の右手をみていた。


 カルドはそこを、プルプルと震えている人差し指で指さした。


「え、あんた、魔け…………え?」


 カルドは突然の事に頭が追いつかないらしく、言葉に鳴らない声をぽつりぽつりと発する。

 とはいえ、カルドがどの状況に驚いているのか、俺にはまったく分らなかった。


 俺はただ、立ち上がって魔剣を持ち上げただけであり……。


 ──俺は、一つの仮説が思いつく。


「あぁ!! これは申し訳ない!」


 俺は慌てて魔剣を机の上に置く。

 そして、バッグからタオルを取り出し、刀身を持って魔剣を少し持ち上げながら、それを柄に巻きつけた。


「ふあぁ」


 それを見てカルドは謎の声を漏らす。

 やはりそうか!


 おそらく、魔族が持っていた剣だというのに、素手で持ったことに抵抗があったのだろう。

 俺は好奇心が勝っているため気にしていなかったが、普通の人間は魔族の物というだけで、嫌悪感を抱くはずなのだから。


「いやはや、すまないな」

「……えっと?」

「俺としたことが、思慮足らずだったな」

「え、いやだから何が……」

「何がって……魔剣を素手で掴んだことが嫌だったんだろう? 俺は聖剣とかいう特殊なものと関わってきたから抵抗がなか──」

「ちげえよ!?」


 違うのか? そうなのか……。

 なら、本当に何に反応していたというのか……あっ。


「これはこれは、かたじけない……! 俺としたことが、挨拶を忘れていたな」

「それも違うぞ!?」


 俺が思い至ったことを、すべて瞬間で否定されてしまった。


「な、なんで魔剣を持っているんだ……!?」


 カルドは焦りと驚きと──さまざまな感情が混ざったような表情を浮かべながら、大声で俺に言ってきた。


 店の表まで聞こえないか少し不安に感じつつも、俺はまた直で魔剣を握って持ち上げた。

 タオルがシュルシュルと地面に落ちていく。


「なんでと言われても……持てるから?」

「そ、そんな曖昧な理由で持てるような、ものではないんだぞ!?」

「そう言われても本当に分からないんだ」


 たしかにこの魔剣は、ものすごい量の魔力と微かな瘴気を持っている。

 魔力を力で抑え込むことは俺ですら出来るんだから、きっと誰でもできるのだろう。


 つまり、カルドが気になっているのは瘴気についてか!

 しかし、それについては俺も気になることだから、何とも言えない。


「……はぁ、一旦あるがままの現実をそのまま受け入れよう。"聖剣のメンテナンス"なんていう特殊な職についてるヤツを、普通の範疇で考えるべきじゃないな」


 カルドは独り言のようにつぶやき、腕を組みながら自分を納得させるようにウンウンと頷いた。


 ……今、人外って言われた?


「しかし──魔剣を持てるとなると、話は変わってくるぞ? その魔剣の鑑定くらいはしてやらんでもない」

「本当か!? それは助かる。ただ、先に値段を教えてくれ。持ち合わせで足りるか、不安しかない」

「……あんた、よく『遠慮がない』って言われないか?」

「週一で言われてる」

「ははっ、そいつはあんたのことをよく分かってるな。今回はタダでいいぞ。いろいろ面白いものが見れたからな」

「本当か! ありがたい! では、早速頼む!」


 俺は持っている剣をカルドに差し出す。

 だが、カルドはそれを受け取らず一歩後ずさりながら、『無理無理』と言うように、顔の前に持ってきた右手を横に振った。

 そして、余った左手で机を指す。


 そうだった。瘴気は毒なんだっけ? 俺には効いていないが。


 そんなことを思いながら、俺は魔剣を机の上に置いた。


「あと、この魔剣レベルとなると、鑑定にもそれなりの時間がかかる」


 カルドは早速鑑定を始めつつ、会話を続けた。


「そうなのか」

「だから、夕飯でも食べに行ってこい。そろそろいい時間帯だろ?」


 カルドは、窓の外にある空に視線を送りながら言う。

 俺が懐中時計で時刻を確認すると、午後五時を示していた。


 まだ少し早い気がするが、このあと家に帰って聖剣のメンテナンスをしないと行けない。

 そう考えると、たしかにいい時間だ。


「それでは、お言葉に甘えさせてもらおう」

「あぁ。1時間以内には終わらせるから、そのタイミングくらいでまた来てくれ。受付には話を通しておく」

「ありがたい」

「あとそうだ、もうこの剣の情報は十二分に取れたから、一旦返却する」


 カルドは【鑑定】スキルの発動をやめ、魔剣を返すように手をぶらんとおろした。


「え、いいのか?」

「俺のスキルレベルにまでなると、一度データを読み取れば、あとは自動で解析してくれるんだ」

「すごいな、それは。それでは、また一時間後」

「ああ」


 俺は魔剣を鞘に納めながら、まだ少しだけしか赤くなってない空のもと、王都に来たらよく訪れる食事処へと歩き出した。

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