閑話 ルーナリアという少女
私が誰からも疎まれているのは知っていた。
呪われた尖り耳。穢れた血の眷属。私が生まれる前から始まっていた抑圧。
私の母は半吸血鬼だった。
人族と戦争を繰り返してきた魔族の血を引いていた。本来であれば憎みあう相手同士の子。
そんな忌み嫌われた混血であった母は奴隷として父に売られた。
人よりも丈夫な母体として。
ルクスセプティム王国の現在の王——私の父は当時世継ぎが居なかった。
野心強く、隣国のロヴェルタース共和国と領土戦争に明け暮れていた。
戦士の気が強く自ら軍を率いて要塞を落としに出たりしていたようだった。
スキル【軍旗の王】を持つ父は内外から《破城王》と呼ばれ畏敬を集めていた。
そのせいもあって戦いばかりの生活をしていたことで婚約者たちに見限られてしまった。
越冬の季節、一時的な休戦の折に父が一人の娘を連れ帰った。
国境近くの寒村——その外れの小屋に捉えられていた銀髪の少女、それが私の母であった。
人と吸血鬼の混血で忌子として捨てられた母を見つけた父は、初め魔族の血を引いていることで殺めようとした。
しかし、いくら斬っても息絶えることがなくすぐさま癒えてしまう。
それを見た父は良いものを見つけたと喜んだらしい。
当時父は40を超えたあたりで母は今の私と近いくらいだった。
半吸血鬼といえど、幼い頃から一人で生きてきた母は教養もなく人の社会に抗する知恵ももたなかった。
その為父にいいように扱われたらしい。
一年たつ頃に1人目の子供が生まれた。
父はすぐにその子のスキルを確かめさせ、使えないスキルだと分かるとすぐに切って捨てた。
そして一年、また一年と母は身ごもり子を産み6度目の冬に――ー死んだ。
最後の一人が、私だった。
結局、自分の求めていたスキルを持った子供が生まれなかったことで父の興味は別に移っていた。
私は間引かれず命を拾った。
だがそれも、私が《母と同じ優秀な母体》なりえるからだった。
それから13年がたったころ。父が離宮へやってきた。
私が子をなせるようになったからだった。
その頃の私はこの国に対しても父に対しても強い敵対心を持っていた。
嘲りを受けながら意図的に外界と切り離された生活。ご丁寧に私の生い立ちや母のことを《教えて》くれた護衛兵という名の見張り。
その全てを拒絶するようになっていた。
だからだろう。父が私に触れようとしたときに今まで1つもなかったスキルが与えられたのは。
——【エクストラスキル:凝固】 触れたものを高密度で凝縮、凝固させる。
結果から言えば私は何事もなく無事だった。それ以来父は会いに来ることはなかった。
後から聞いた話では父の右腕を私のスキルが圧し切ったのだという。
それからの私の生活はこれまでと変わることはなかったが、少なくとも父からもたらされる恐怖は消えた。
そしてそのすぐ後のことだった。
体面上、私に付与されていた第一王女という呼び名と王位継承権がいつの間にか生まれていた妹のルミネールシアに移された。
私の病状が悪化したため、だとか。
半年が過ぎたころから私の食事や飲み物に毒が仕込まれるようになった。
吸血鬼の血が弱くなる日中に刺客や野党をけしかけてくるようになった。
私の命を直接的に狙うようになった。
ルミネールシアだ。彼女は私を排除したがっていた。
自分の地位を盤石にしたいと思ったのか。それとも父の腕を落としたことを恨んでいるのか。
理由は定かじゃないけれど、彼女の執拗な暗殺は幾度も何日も続いた。
ただ――その全ては無為だった。
私に唯一目覚めたスキル【凝固】はこと防御においては無類の性能を誇っていた。
毒に関しても、この体に流れる吸血鬼の血でほとんど効果がない。
何もできない私だけど、どうにもされない私。
このまま、この問答が繰り返されていき、そして一いつかは私が殺される。そんな人生が待っているだけだった。
部屋の角、丸くなって眠る後姿を見て思う。
今は小さくまるい背中。
鳥田賢生——彼が来るまではそう思っていた。
「僕と一緒に逃げよう。こんな理不尽許したくない」
恐れと痛みに顔を歪めながら、それでも私を庇い――立ち向かった彼の言葉。
震える手を握りしめて。決意のある目をして。
初対面の少し話しただけの私を見捨てずに。
それを見て、聞いて、感じたときに思った。
ああ――そうか、きっと私の人生は、ここからなんだって。
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