プロローグⅣ ギフトコレクト
「僕と逃げましょう。こんな理不尽許したくない」
そう啖呵は切ったもののどうしようか。
後ろには煤だらけのルーナリア。前方10メートルくらいの位置に
相手はプロの殺し屋。僕はただのチキンな高校生。
正直勝ち目があるなんて思ってない。だからこそ、何とか隙を作って逃げる。これしか手はない。
幸いあの男は完全にこちらを下に見ている。ルーナリアと僕のどちらも脅威だと認識していないはずだ。
きっとあのお姫様に僕のステータスを教えられているからだ。
この局面、活路はそこにしかない。
僕が知られていないスキル――【スキル奪取】だ。
触れた相手のスキルをランダムで1つ奪うスキル。とても強力なスキルだ。
だからこその制限がある。
奪えるのは6時間に1回まで。そして素手で相手の素肌に触れる必要がある。
つまりこの状況で目の前の暗殺者から《有用》なスキルを1回で引き抜く必要がある。
とんでもない博打だ。ただでさえ身体能力で劣っていて触れる事すら困難であるのに、その結果ですべてが決まる。
「ルーナリアさん。何とか隙を作りたいんだ、力を貸してほしい」
かっこ悪い話だけど、僕一人では絶対に無理だ。
「できることは少ないわよ」
「大丈夫ですっ!隙さえ出来たら僕が何とかする」
僅かに震えているがそれでもさっきまでの様子を取り繕って言う彼女。
僕がなんとかする。自分にも言い聞かせる。
「いやぁ、涙ぐましいねぇ。よくある物語の幕引きのようでさぁ。王都の歌劇に提言いたしましょうかねぇ」
ローハンが煽るように嗤う。よくわかる、クラスの皆と同じ顔だ。
僕を見下して、笑って、嘲る。こいつには何もできないだろう、と高をくくっている。
「まあ、長引かせても仕方がないんで。さっさとガキ殺して連れていきますかね」
そう言ってローハンは袖口から手品のように大ぶりのナイフを取り出した。
月光を反射する刃に思わず息をのむ。
あれが今から僕に突き立てられるのかもしれないと考えると、正直怖い。
でもやらなきゃ。ただ殺されるだけだ。
ローハンがナイフの切っ先をこちら向けてつぶやく。
「纏う風は刃なり【ガストブラッシュ】」
「ッ壁よ!【凝固】」
ローハンから放たれた突風をルーナリアが作った透明な壁が遮った。
ぎゃりぎゃりと金属を削るような不快な音とともに火花がいくつも散っている。
「不可視の風の刃よっ!飲まれたらバラバラになるわッ!!」
ルーナリアが叫ぶ。風に巻き上げられた草花が吸い込まれて塵になっている。
まったく反応できなかったけど、彼女の魔法?スキル?のお陰でミンチにならずに済んでいる。
それでも彼女も余裕というわけではない。
玉のような汗を額に浮かべて透明な壁に手を添え続けている。
「さすが防御だけはそれなりですねぇ」
「……ぐっぅ」
このままではすぐにも限界が来そうだった。
風の魔法はローハンから放射線状に吹き荒れている。壁から一歩でも出れば粉々にされてしまう。
何とか遮蔽物を用意出来たら。そう思うも今、僕に取れる手段は【隠ぺい】か【合成】、【異世界召喚】だけだ。
【隠ぺい】は音や姿を隠すだけ。初めからみられていたら効果は薄い。
【合成】は組み合わせるものを精査している時間もない。
【異世界召喚】は未知数すぎてこんなタイミングで使うのはリスクが高いが、打開できる何かがあるかもしれない。
この中で使えそうなものといえば【隠ぺい】と【異世界召喚】だ。
博打に博打を重ねることになるけれど、打開できるものを呼び出すしかない。できるだけ後ろ手に隠せるものだ。
右手を後ろに隠して念じる。
(【召喚】!できるだけ小さくて視界を遮れるもの!)
心の中でそう叫んだ途端、体の力が抜けるような感覚がのしかかった。確実に何かを消費した感覚だ。
それでも右手には固いものを握る感覚があった。
ってこれ!
【解析】を使って見てみれば詳細が視界内に現れた。
≪スモークグレネード;投げた後に煙幕を噴出する。色は赤。召喚時消費魔法力160≫
こんな武器も呼び出せるのか!間違いなく状況を打開できるアイテムだ。
しかし召喚するのに魔法力を160も消費するのか。とんでもない力にはそれなりの対価が必要なのだろう。
となれば呼び出せるのはこれ一個だけだ。
「ルーナリアさん!今から目くらましを使います!」
「ちょ、何をするつもりなのっ!?手が離せないのだけど!?」
やるしかない!
僕は右手に握ったスモークグレネードのピンをはじいてすぐに頭上を狙って投げた。
放射線状に飛びローハンの頭上まで飛んでいくグレネード。それを目で追うローハン。
彼は鼻で笑いながらナイフをグレネードに向けて風の刃をしならせた。
———瞬間、真っ赤な煙幕が破裂した。
「うおっ!?」
「ひあっ?」
ローハンとルーナリアが驚きの声を漏らした。彼が持続的に放つ風の嵐によって瞬間的にまき散らされた赤い煙が視界を閉ざす。
風の嵐はその音を止めた。今がチャンスだ。
僕はとにかく走ってローハンの元へ近づく。位置は今までの時間で測ってある。
目標は顔面。唯一素肌が露出した口元だ。
煙幕の中を一直線に走る。
「ちっ、目くらましの間に逃げようってかぁ?」
ローハンが風を操って煙幕を散らす。一瞬で庭園の端まで散らされる。
それでも距離は詰められた。
深く息を吸って、右手に力を込める。
ローハンは今、僕に気が付いた。さすがにプロなだけあって数メートルの距離でもすでに臨戦態勢だ。
ナイフをこちらに向けて身構えている。
魔法を撃ってくるはずだ。
「甘いねぇ!『焔の弾丸【イグニスバレッタ】』」
切っ先から僕たちを吹き飛ばした灼熱の弾丸が打ち出される。
弾道は完全に僕の頭を狙っていた。
「ルーナリアさん!!!」
全力で叫ぶ。
「ッ!風の防壁よ!!!【凝固】」
「ぐおっ!?お前、いつのまにっ」
瞬間、ローハンの体制が大きく崩れた。視界の奥、彼の背後に移動していたルーナリアが至近距離で風の壁を叩きつけたのだ。
走り出す直前にルーナリアへかけた【隠ぺい】のスキルで隠れて回り込んでいた。
そのチャンスは逃さない。
倒れそうなくらい体感を崩したローハンの顎にめがけて拳を振りぬいた。
——【スキル奪取】《エクストラスキル:潜影》を入手。
《潜影:影や闇の中を高速移動できる。影の空間には発動者が触れていれば本人以外も潜行可能》
視界にアナウンスが表示された。
僕はツイている。間違いなくこの瞬間の運は最高潮だった。
風のスキルなら飛んで逃げたりできるかも、とか火のスキルなら火を放ってどさくさに紛れてとか考えていたけれど。
このスキルならば今の時間帯、どこにでも移動することができる。
「くっそ、結構いい拳もらっちまったなぁあ。ルーナリア様もどついてくれちゃって」
これ以上この男と戦い続けるのは無理だ。本気になられたら生き残れない。
だからその前に逃げる!
ジンジンと痛む右手の熱さを振り切って、再度走り出す。
「ルーナリアさん!逃げるよ!!」
「ええっ!」
彼女の手首をつかんで庭園の外——海に面した崖へ走る。
「まて!!爆炎の弾丸よ【バーストバレッタ】ッ!!」
背中越しにローハンの声が聞こえる。魔法の追撃だ。
でもそれが来る前に。
「影よ!!【潜影】ッ!!」
ルーナリアを抱き上げると同時にスキルを発動する。
浮遊感。音の消失。
そして、闇に染まる視界の端を爆炎の弾丸が遠くへ過ぎ去っていくのが見えた。
風も、何も感じない無音の世界。
ただの闇の世界を流されるように移動していた。
その時間はほんの一瞬で、再び音と風を感じた。
表の世界に飛び出したのだ。
気が付けばルーナリア抱いたまま体は崖の外、たくさんの瓦礫と共に宙に浮いていた。
この移動をしている間にローハンがやたらめったら爆発魔法を崖に向かって放ったみたいだった。
走ってきた方向に視線を向けてみればこちらに向けて炎の弾丸を撃とうとしているローハンの姿が見えた。
空中で避けるなんて芸当は僕にはできない。
ルーナリアはさっきの潜行で意識がはっきりしていないのか反応がない。
不意に背中に温かさを感じた。
やっぱり僕はツイている。
視界の後ろから海を伝って光が波になって迫ってくるのがわかった。
——朝日だ。
地平線の向こうから放たれる陽光が一瞬ローハンの視界をぼやけさせる。
そして、背に光を受けるのは僕だけではない。
一緒に宙を舞う瓦礫も照らされる。
その1つ1つが小さな影を幾つも作り出す。視界に映る全てのものに影が落ちた。
「影よ!【潜影】」
大きく息を吸って、止める。
数多に重なる影に潜って、ローハンの視界から姿を消した。
影から影へ飛ぶように移動して射程外の崖下まで移動する。
正直ここからは何も考えがない。
これ以上追ってくるならもうお手上げだ。
目の前に迫るのは海面だ。
潜影で減速は出来ているが、深い海で泳いだことがないからどうなるか分からない。
それでもこれが最善だったと思う。
前に抱えたルーナリアを放さないように抱きしめて背中から水に落ちた。
もまれるような水流に底へ底へと引っ張られる。
呼吸が持たない。海面が遠すぎて浮かび上がれない。
せめてこの子だけでもと海面へ押し上げるように手を離したー―その腕を掴まれた。
ルーナリアがその赤い瞳で僕を見つめていた。
口を開けて少ない空気を気泡に変えた。
その瞬間——僕の足が固いものに触れた。そして次いで纏わりつくような水圧が消える。
「……っはぁあっ!ごほっっごほっ」
空気だ。息が吸える。どういうわけか息ができるようになった。
でもその理由はすぐに分かった。
ルーナリアのスキルだった。僕たちの周りの狭い空間だけど風と空気の防壁を作り出してくれていた。
「ま、まさか。けほっ……あのローハンから逃げられるなんて」
「ルーナリアさん!!!ありがとう!助かったよ!!もうこのまま溺れ死んじゃうかと思ったー!」
彼女には感謝しかない!
海に飛び込んだ後のことなんて考えてなかったし、甘くも見てた。
彼女と一緒に逃げていなかったらどのみち海でおぼれていたか、崖から滑落してたかも。
「ふふっ……それは私のセリフだと思うのだけど?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます