プロローグⅢ 可愛いには勝てないよね


 ——ガチャリ。


 お月様の高さ的に深夜くらいの時間。きっとみんなが寝静まったころに僕は目を覚ました。

 結局あの後、部屋の外で僕を見張っていたであろう兵士は一言も話すことなく姿を消していた。

 部屋に鍵すらかけず、不用心だなぁと思いながらも僕は外に出る。

 そもそも脅威にすら感じていないだろうし、ただのハズレくじが動き回ったとしても関係ないのだろう。


 軟禁されていた部屋から密かに逃げ出し、静寂に満たされた古い城内を忍び足。

 できるだけ人気がない方へと向かう。

 潮の香りが漂ってくることから近くに海があるのがわかった。


(海に出てそれに沿ってコッソリ逃げられないかな)


 その為にはこの城の何処かから城壁を超える必要があった。

 真っ暗な回廊の一角にだけ松明の明かりがついている。兵士の詰め所のような部屋だ。

 こんな奥まった場所に兵が駐在できる部屋があるということは、この奥に別の出入り口があるか重要な何かがあるかのどちらかだと思う。


「【隠ぺい】」


 小さくつぶやいてイメージを明確化。自分自身の音と姿を隠す。

 あまり長時間は生きてるものや常に動いているものは長時間隠せないけど、すごく便利だ。

 効果があるうちに詰め所の前を通り抜ける。

 ちらりと部屋の中を見てみると兵士はたらふくのお酒を飲んだのか酔いつぶれていた。

 スキル使ったのもったいなかったかな。


 再び真っ暗な回廊を進む。

 奥に進めば進むほど人の気配が消えていく。そのたびもしかしなくても出口がないんじゃないのかと不安になってくる。

 そもそもこんな暗い時間に未知の場所をうろつくこと自体がリスクでしかない。

 だとしても【異世界召喚】のスキルを奪ったことがバレるのも時間の問題だと思えば楽観視できない。

 

 不意に何か嗅ぎなれた香りを感じた。

 甘くほのかに流れてくる香り。よく朝の散歩をしていた時に嗅いだことのある香りだった。

 

 ジャスミン系の花だ。


 その香りに誘われるように進んでいくと広く開けた場所に出た。

 今までのくらい城内とは違い、月明かりが降り注いでいた。

 青白い光で照らされた空間は広い庭園だった。

 月光のグラデーションの中、色とりどりの草花が花を咲かせている。

 天井は広いガラスの窓になっていてそこには大きな2つの月が光輝いていた。


「ねえ、あなた」


 冷や水を浴びせられたように心臓がはねた。

 ガッと体が熱くなる。


 不意に声が聞こえた。

 広い庭園の中心部にあるテラス。白い大理石で拵えられたテーブルに1人の少女がいた。

 

 「あ」


 思わず声が漏れた。

 天窓から注ぐ月光に照らされた彼女の肌は白く、ありきたりな言葉だけど白磁のよう。

 艶やかな光を反射するほど艶のある髪もまた朝焼けの空のようなピンクブロンド。腰ほどまであるだろう長さの髪は後ろで2つに結い上げている。

 僕を見つめる瞳は赤く、何かを見透かすような力強さを感じた。あと少しの諦観も。

 素直にすごくかわいいと思った。


「ねえ、聞いてる?」

「うん。かわいいね」


 うん、かわいい。


「は?」

「ん?」

 

 彼女の視線が冷たくなったのを感じた。しまった、声に出てしまった。

 本当にそう思ったのだから仕方がない。と言いたいけど開口一番がこれでは失礼にもほどがある。

 何とか取り繕わなければ。

 って僕は隠れながら進んできたのに彼女に見つかった時点でアウトなんじゃないの???!

 ええっととにかく何かいわないと。


「はぁ……まあなんでもいいわ。あなた誰の差し金なの?」

「えっと?」


 差し金?何の話だろうか。


「おおかたルミネの手のものでしょうけど、無礼よ。名乗りなさい」


 足を組み換え座したまま彼女は威圧的に告げた。

 ルミネという人に心当たりはないけど、確かに名乗らないのは失礼だと思った。


「ごめんなさい、僕は鳥田賢生といいます」

「トリタケンセイ?ああ、異世界人ね。そういえばルミネが近々召喚するって言っていたわね」


 名前を聞いただけで異世界人だってわかるということはきっと関係者なんだろう。

 もしかするとそのルミネって人が召喚したお姫様なのかもしれない。絶対そうだ。

 つまり僕は甘い香りに誘われて捕まってしまった哀れな羽虫ってわけだ。


 ただ悪いことばかりでもない。ここの庭園をよく見てみれば、全面ガラス張りの外は城壁ではなく切り立った崖になっていた。

 遠くから波の音も聞こえてくる。

 つまりこの窮地さえ切り抜けてしまえば城から逃げ出すことができるかもしれないということだ。


「それで、あなたはあの子に何を命じられてきたの?私を手籠めにでもして来いって言われたのかしら?」

「そうそう僕は……ってちがうよ!?」


 手籠め!?この子は何言ってるのさ!

 これ見よがしに身を抱えて後ずさりする彼女。きもっとか言わないでよ。


「僕はそもそもここから逃げ出そうとしてただけで誰の指示も受けてないよっ!」

「あら、違ったのね。ごめんなさい、てっきりルミネが仕向けた恥知らずな異世界人かと思っていたものだから」

「もう目的喋っちゃったからいうけど僕はここから逃げ出したい。君には悪いけど従ってもらうよ」


 こうなれば仕方がない。

 はったりの1つでもかまして出口を聞き出すしかない。

 できるだけ声色を低く、威圧感を込めて言う。

  

「こう見えても異世界から呼ばれた勇者なんだ、とても強いスキルを持っているんだ」

「ふうん?それで私をどうするつもりかしら?力ずくで従わせるってこと?」


 ぐ、ちがうんだ。違わないけど違う。

 僕はとにかく逃げたいだけなんだ。でもこの子はあのお姫様の知り合いで、僕がここにいたことを知られた時点で衛兵を呼ばれて捕まってしまう未来しかない。

 それだけは避けないと。

 どうしよう。ほんとに彼女をどうにかするしかないのか。

 母さんはいつも言っていた。

 『どんなことがあっても自分よりも力が弱い人を傷つけてはだめよ。特に暴力なんてもってのほか』

 確かに言う通りだよ。僕だって誰かを傷つけたいわけじゃないし、それが楽しいなんて思わない。

 目の前にいるのは女の子だ。僕よりも体格も小さい。いくらいじめられてる僕でもそれなりに筋肉だってあるんだ。

 

「……っふふ」


 不意に笑い声。眼前の女の子からだ。


「ふふっ……あははは!」


 え。なんで笑うのさ!


「あ、あなた。なんていうか、……優しいのね」

「えっと、僕は君を脅してるわけなんだけど?」

  

 僕がそういうと彼女はまた吹き出すように笑いだして―― 

 

「いろいろ考えて凄んでるつもりなんでしょうけど、顔がおどおどしすぎよ。『すごい力持ってるんだぞー!』って言われても何というか可愛いわ……ふふっ」

「か、かか」


 可愛いって!?何なのこの子!

 あ――――もう!どうせ僕はチキンだよ!毛頭悪いことしよう!っできないし!

 はあ、もう仕方がないか。やっぱなれないことするべきじゃないよね。


 力が抜けてその場にうなだれた。

 このまま捕まるならそれはそれでいいや。もしかしたらそのままお咎めなくて、逆に好待遇を受けるかもしれないし。

 不安を無理やり押し殺してそう納得するしかないよね。


「まあ、お茶でも飲みながらお話ししましょうか。このルーナリアが相手をしてあげるのだから感謝しなさいね」


 座り込んだ僕に手を差し出しながら笑う彼女はやっぱりかわいいんだ。



 ———



「それであなた、なぜここから逃げたいの?この国に呼ばれた異世界人はそれなりにいい待遇を受けるはずだけど?」


 ティーカップに注がれたハーブティーをスプーンで混ぜながら、ルーナリアが言った。

 頬杖を突きながらからんからんと音を楽しむように手を動かす彼女の視線は僕に注がれている。

 僕はというと、生活指導の先生に呼び出された時のような変な緊張感があって肩を張っていた。


「ええっと、ステータスがよくなかったようで……」

「ふうん?でもそれが理由ではないでしょう?あの子ならスカ異世界人は使用人としてこき使うのが常だもの」

「え、そんな扱いなの?!」


 あんな優しそうなお姫様がそんなこと、と思ったけどよくよく思い返してみたらその雰囲気は端々に出ていた気がする。


「そういう反応をするってことはそういう扱いが原因ではないってことね、ふふっ」


 ルーナリアは楽しそうに笑みを浮かべながらお茶を一口飲む。

 

「なにか、あるんでしょう?」


 彼女の見透かすような瞳が僕の目を見る。

 赤く、赤くアゲートのような赤色。

 じっと、篭絡するかのようなその宝石から目が離せない。

 しばらくの沈黙。

 見つめあう数舜。

 

 

 —————『焔の弾丸【イグニスバレッタ】』


 突然、側面から熱気と衝撃を感じた。

 直後爆発音が鼓膜を強く震わせた。

 吹き飛ばされて打ち付けた体が痛む。熱気と黒煙で肺が熱い。


 いったい何が起きたのか。

 そうだ、ルーナリアは?



「まさかー――本当に刺客が来るなんてね」


 黒煙の中から煤だらけの顔を拭いながらルーナリアが現れた。

 大きな傷はない。よかった。

 

「本当はそこのガキを始末しとけって命令だったんですがねー。まさかルーナリア様の元にいるとは思いませんでしたや」

「私もいると分かっていて、撃ったんですね。《影》のローハン」


 ルーナリアは毅然とした佇まいで腕を組み、ローハンと向き合った。

 ローハンという男は背丈も高く体格がいい。全身黒色の皮鎧と頭巾をかぶっている。

 見た感じでわかる、暗殺者って風体だ。


 「その通りでさぁ。もう1つの命令が《不自然なくルーナリアを殺せ》でしてねぇ。そこのガキには感謝しなくちゃあな。——欲に駆られてルーナリア様を犯して殺した異世界人。それを衛兵が発見し犯人はその場で誅殺。第二王女殿下のご遺体は見るも無残であったため火葬にって筋書で済ませられるんで」

 「よくしゃべるのね」

 「暗殺者は褒められないからねぇ。誰かに自慢したくなるもんさぁ」


 あの男、僕を殺人犯に仕立て上げるって?そしてルーナリアを殺す?

 どうしてそんな話になってるの??


 「まあ、いつかは来るとは思っていたわ。おとなしく殺されてあげるからこの異世界人は生かしなさい」

 「おや、相変わらずご慈悲の深いことですなぁ。まあ取引は嫌いじゃあないんで」

 

 はっきりした口調でよどみなく言い放つルーナリアに、ローハンは肩をすくめて言った。


「ルーナリア様の容姿を大変気に入っていらっしゃる方が居ましてねぇ、その方のおもちゃになるっていうなら考えましょ。ルヴィント卿って方、知ってましょうや?」


 ローハンが下卑た笑みを隠さずに言う。

 それを聞いたルーナリアの方がわずかにはねた。

 一瞬の沈黙。だがすぐに変わらない口調で告げる。

 

「はっ……問題ないわ。彼を確実に生かすのなら売られてもいい」


 それを聞いたローハンはげらげらと笑う。

 

 「そりゃ助かりますなぁ!あそこは金払いがいいんで、部下たちも喜びますわぁ」

 

 不快だった。

 僕がいつも受けている扱いみたいに馬鹿にして、相手の上に立ったつもりで、いろんなものを踏みにじってくる。

 ミシミシと痛む体に力を入れて立ち上がる。

 ルーナリアに近づいてみれば、彼女の肩は細かく震えていた。

 怖いんだ。


 それもそうだろう。自分の命を狙ってきた相手に、おそらく格上相手に立ち向かうように立っているのだから。

 僕が部屋で大人くしていれば彼女が今日襲われることはなかったかもしれない。

 そう考えたらこれは僕のせいだ。わが身可愛さに逃げようとした僕のせいだ。

 母さんはよく言っていた。

『暴力はだめって言ってるけどね、女の子を助けるときは遠慮せずやりなさい。お母さんもお父さんに助けてもらったのよ!かっこよかったわぁー!』

 利己的でもなんでも、なんとかしたいって思えたなら立ち向かうべきだと。そう教わった。

 

 「ルーナリアさん」


 僕が声をかけると彼女は一瞥もせずに告げた。


「あなたは逃げなさい。迷惑をかけて悪かったわ」

「いやです」

 

 この世界に呼び出したことを指していることは分かった。

 でもその謝罪は受け取れない。

 もしその言葉を聞くのならあのお姫様からだ。

 彼女の前に立ち暗殺者と向き合う。

 あいつは気の抜けた口笛を吹いて余裕ぶっている。

 

 

「僕と逃げましょう。こんな理不尽許したくない」


 気合を入れろ。鳥田賢生。

 神様にもらった借り物の力でもなんでも使って生き延びてやる。

 

 


 

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