閑話 2-Aの朝 真偽の思惑
「皆様、お集まりいただきましてありがとうございます」
夜が明けて日が高くなったころ。2-Aの面々は、自分たちが召喚された部屋——魔道正殿へと集まっていた。
この場にいるのは彼らを呼び出した第一王女——ルミネールシアとその護衛、そして2-Aの生徒たち。
「ルミネ様、急な呼び出しでしたけど何かあったんでしょうか?晩餐会の時は午後くらいにって話でしたけど」
クラスのリーダー格といえる男子生徒——賀堂 勇
容姿端麗、文武両道を地で行く優等生。それが彼の評価だった。
「それが……緊急事態なのです。皆様には来てもらったばかりで申し訳ないのですが、手を貸してほしいのです」
ルミネールシアが深刻な表情を隠さずのたまった。
手を握り合わせ、懇願するように賀堂たちを見つめている。
「緊急?何があったんですか?」
賀堂を筆頭に2-A全体がざわついた。さっそく? イベント来た? など思い思いにつぶやいている。
若干浮ついた雰囲気ではあるが、当然だった。
昨日召喚されてから彼らは城内のあらゆる人間たちからこれでもかというくらい好待遇を受けていた。
広い部屋、おいしい食事——ドレスや衣装など望めばいくらでも用意された。
絵にかいたような勇者待遇、それにそれぞれのテンションは最高潮に達していた。
優等生の賀堂ですら、自分の中の冒険心や優越感が増していくのを抑えられないでいた。
ただその空気はルミネの言葉で様相を変えた。
「私のお姉さまが、離宮で静養なさっているルーナリア姉さまが攫われたのです――鳥田ケンセイ様に」
「なんですって!??」
驚きの声を上げたのは霧島 彩香——このクラスの委員長だった。
それに続いて女子グループや不良グループがざわざわと騒ぎ出す。
唖然と騒然。
あいつならやりかねない、あのチキンが?など口々につぶやいていた。
「それは、確かなんですか? 鳥田がそんなことできるとは……」
賀堂がいぶかしげに問いかけた。
彼女が嘘を言っているように見えなかったが、それでもあの気弱な鳥田賢生がそんな大それたことを行うとは思えなかった。
「信じられない気持ちもわかります、ですが事実なのです」
ルミネールシアが賀堂の手を握って目を合わせていった。
「私のお姉さまは生まれつき体が弱く、スキルも満足に使えません。ですから、いいスキルを持っていなかった鳥田さんにも抵抗できなかったのだと思います」
ひどい。最低ー!などと女子グループで非難の声が上がった。
それに乗じてか不良チームが声を上げた。
「俺らでとっちめてやりますよ!あいつ俺らにビビってるんでww」
「おー!いいねぇ」
「いーじゃん!いーじゃん!」
いつものノリで三人がげらげらと笑う。
それに追従して何人かの男子がうんうんと肯定の意を示した。
それを見たルミネールシアが申し訳なさそうな表情で2-Aの面々に口を開いた。
「それは、とても有難く存じますわ。とっちめる、というより皆様には彼を見つけたら戻ってくるように説得してほしいのです」
「断られたらどうするんですかー?」
クラスの女子が反射的に疑問を投げた。
「その時は、できるだけケガをさせないように捕らえてくださいませ」
「わかりました。でも、これから俺たちは各地の駐屯兵と鍛錬をするように王様に言われてるんですけど」
その間ずっと手を握られていた賀堂が口を開いた。
彼らは起きぬけてすぐの時間に玉座の間へ呼び出され今後の予定を伝えられていた。
今後は力を整え、スキルを育てていくために幾つかのグループに分かれ各地の駐屯兵と共に鍛錬を行うことになっていた。
「それはもちろん、鍛錬を優先していただいて構いません。ですがあなた方の駐屯先でもし見かけることがあれば……」
「なるほど、そういうことなら協力させてもらいます。俺も鳥田がなんでそんなことしたのか聞きたいしな」
賀堂がそういうと、ルミネールシアは安どした表情を浮かべ丁寧なお辞儀をして礼を述べた。
「ああ!ありがとうございます!ガドウ様!そして2-Aの皆様!」
まかせろ! よゆー! 鍛錬楽しみー!などワイワイとにぎやかな雰囲気に戻った2-A。
その中で、賀堂は内心小さな違和感と不安感を感じていた。
何かしらかがぞわりと背中を撫でるような、不快感を。
◆会談直後 ルミネールシアの私室
召喚した勇者たちとの会談の後、ルミネールシアは私室へと戻っていた。
王女という割にはおとなしい、機能的な優雅さを感じさせる室内。整然と並んだ調度品はどれもシックな色味で統一されている。
落ち着きのある室内は豪華、というよりは瀟洒と表現した方が似合う。
そんな静謐な部屋とは裏腹に、部屋の主は荒れ狂っていた。
「ああ!!!もう!どうしてこうなってしまったのかしらっ!?」
手に持った茶器を放り投げ若草色の優美な壁紙を汚した。部屋中に茶葉の香が広がる。
「ああっ!!ああああああああああっ!」
癇癪。発狂。怒りの感情を抑えられない彼女が自分の執務卓に置かれたものを乱雑に払い落とす。
爪を噛みその表情を怒りに染めていた。
「どいつもこいつも!腹が立つっ!あのガドウとかいう異人も生意気にレジストしやがって」(異人:この世界における異世界人に対する蔑称)
ルミネールシアは憤慨していた。
今回の召喚でも都合のいいコマが手に入ると期待していた。今までの4度行った召喚では扱いやすい子供や中年を呼び出して自分の良いように扱ってきた。
しかし今回は欲をかいて一度に多くの召喚を行った。制御しきれない若者を大量に呼んでしまったことで予定外の事態になってしまった。
本来であれば、召喚した異世界人を制御するために自らのスキル【魅了】を使い自分に依存させるつもりであった。
手で触れて声をかけた相手の目を見れば、その術中にはまるはずだった。
実際あの2-Aの男子はほとんどその影響を受けていた。ただあのガドウという少年とトリタを除いてである。
「あの【剣星】持ちのガドウはモノにしたかったのにっ!レジェンド級の【魅了】をレジスト!?生意気よっ!!!!」
衣服が乱れることも気に留めず、が鳴り声をたてながら机を執拗に蹴り続ける。
その様相は先ほどまでの優し気な雰囲気など微塵もない。
「それに、あのカス異人!これ見よがしにオオトリで出てきた癖に無能?冗談は顔だけにしてほしいわっ!」
ずかずかと部屋中を歩き回り鬱憤を晴らしながら叫ぶように罵倒する。
腹の虫がおさまらないといった様子でルミネールシアは床に散らばった果実を拾い上げて部屋の入口——そのドア前で膝をついて傅く人影に投げつけた。
ぐしゃりと水気のある音を立ててそれはその人物の頭に当たった。
「そして!お前!!!ローハン!!!何を失敗しているのッ!!この!役立たず!!」
罵声を浴びせられている男——ローハンは黙ってその罵りを受けていた。
「何とか言いなさい!!」
「まあ、それに関しては面目もありませんや。完全に油断してたんで」
「あなたっ……何年この仕事やってるのよ!」
「物心ついたころからですかねぇ」
かしこまった態度ではあるもののルミネールシアの追及を気にも留めていないような口調でローハンは答えた。
「そんなことはどうでもいいのよ!!それよりもあの二人はどこに消えたのッ!」
自分で聞いておいて理不尽な問答を行うルミネールシアの様相にローハンはへらへらと笑い口調で答える。
「海に落ちた後は湾岸沿いに移動するのが見えましたからねぇ……。今頃港の方かと。まあ一応部下に追わせてまさぁ」
「ちっ……一応じゃないのよッ!全力で追って、捕らえてここへ連れてきなさいッ!すぐに!!」
その真剣みがないローハンの言いようにイライラしながらルミネールシアは指を突き付ける。
彼女が二人の行方にこだわるのは当然だった。
ルーナリアへの恨みももちろんだが、もうひとつ彼らを追う理由があった。
「有象無象に悟られる、その前に取り戻さなくては。私の力を。【異世界召喚】を」
彼女の世界ともいえる究極的なスキル――《ワールドスキル【異世界召喚】》を取り戻すために。
「へえへえ、仰せのままに――お姫様。《影》の……あーっ、もう影は使えないんでしたわ。この《役立たず》のローハンが命に代えましてもお連れしましょう」
ローハンが厭味ったらしく笑みを浮かべながら立ち上がった。
——「居場所は分かってますんでぇ。すでに部下に追わせてますって言ったでしょう?」
交易都市 ルヴィエッタ。全てはそこで。
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