第3話 枯れた大地


ヒュオォォッと風が駆け抜ける。知っているはずのその懐かしい匂いは、どこか寂しげで、悲しいもの。


そのわけはまぶたを上げた瞬間に分かった。


見渡す限り、茶色の大地。枯れ草が点在し、砂ぼこりが沸き立ち、そして廃墟になっているかのような、ところどころ骨組みをあらわにした家屋が転々としていた。中には屋根だけ……いや、他の部分が潰れて、屋根の下になっているのか。


「ここは……どこ?」

「ツリーランド王国の、王都郊外」

は?ツリーランド王国……?ここがっ!?

辺境に近い元男爵領ですら、緑豊かだった。それに王都の郊外……郊外は特に王都の恩恵を受けたから、豊かだったはずだ。


「ここで何があったの……?他の場所は」

「変わらない。全ての緑は枯れ、大地は干からびた」

彼が私の手をとりそう告げれば、今度はまた別の場所に移動したようだ。

これはよく聞くと言うかまんま地球の知識の中にあるファンタジースキルこと転移魔法かしら。この世界でも転移魔法があるの?

そして明らかに東洋……いえ、日本人のような見た目の彼が、何故その魔法を使えるのだろう。

そして未だ彼の正体すら知らない。


さらにその目の前にあった光景に、『ひっ』と息を呑む。


「大丈夫。俺たちを襲うことはないよ」

「そう、言われても……」

目の前にあったのは、魔物と思われし恐ろしい姿をした黒々としたものが、何かを食んでいる姿。


何かとは。その頭蓋骨はまるで……人間。

そしてここは、至るところに瓦礫の山と、既に食い荒らされたのであろう、人骨のようなもの。

そしていくさでもあったのだろうか、そこかしこに突き刺さった、折れた剣や矢の跡。


「ここもツリーランド王国なの……?」

「そうだね。ここは国境の辺境伯領だ」

辺境伯領……!?

ツリーランド王国は辺境伯領ですら緑に溢れ、そして屈強な兵士たちを抱え、他国の侵入から、魔物からこの地を守っていたはずなのに。


――――何故、こんなことに。


「ツリーランド王国の王は何をしているの……?」

そして聖女でもある王女は何もしないが、聖女はいるだけでも国を安定させると言われる。ツリーランド王国が栄えている事実は聖女がいるからとも言われてきた。……本当かどうかは神のみぞ知る領域だが。


「じゃぁ久々に見に行こうか」

久々にって……?それに見に行こうかって。王に対する言葉にしてはやけに淡白である。まるでモノでも見に行くような言い方をする。

王や王族が庶民をモノのように見ることはあるけれど。王女に至っては男爵家ほどの下位貴族であっても【モノ】と同義だったようだが。私は人間としての尊厳も奪われた。


そしてまた風が吹き抜ければ、そこもまた茶色い大地。見上げれば向こうに見えるのはめちゃくちゃに破壊された大きな建物。


崩れるようにして建物の柱に横たわるとんがり屋根のようなもの。あの赤い色も見覚えがある。


王族貴族の通う学園からも毎日眺めることができた。それは……。


「王城……?」

「その成れの果てだね」

どうして王城があそこまで。


「あれ……?では王族の方々は」

今、どこで暮らしているのだろうか。


「あそこだよ、イェディカ」

彼が後ろを指差せば、そこには。


「ひぅ……っ」

5本の磔台。そしてくくりつけられているのは5体の白骨化した……人骨。骨の一部まで魔鳥に食い荒らされたのだろうか。しかしその頭蓋骨だけはボロボロになりながらもそれであることが分かる。


「あれは……誰?」

「この国の……国だったところの王族。国王、王妃、王子が3人」

全員ってこと……?いや、ひとり足りない。王女だ。

王女の行方も気になるが。


「どうして王族の方々がこんなことに」

「何も与えなかったからだ。いや、与えるものがなかったからかな」

「それはどう言うこと?」


「このツリーランド王国は一夜にして枯れ果てたんだよ」

枯れ果てた……?国の凋落を言い表すにしては奇妙ね。


「大地は干からび、草木は枯れ、国中魔物と瓦礫だけになった。何もかも……食料や水すらも失った民は王族を頼ったけれど、王族が何も持たなかったからこそ、この国の終焉を王族のせいだとみなし、処刑した。そしてこの国は滅びた」

滅びたって。本当に……?私から自由を、家族を奪ったこの国が滅びた。

豊かなこの大地に繁栄を極めた大国の佇まいからはまるで想像もつかない結末である。


「でも……王女は?あれでも聖女だったはずよ」

「そう呼ばれていたね。会ってみたい?むしろそのために生かしておいたんだけど」

彼がクツクツとほくそ笑む。


「……危険は」

「俺がイェディカを危険な目に遭わせるわけがない」

さらりと笑んで見せるんだから。この荒んだ光景に反してやけに不似合いな。


「こっちだ」

付いていった先はボロボロに崩れさった城跡である。その中に何やら鉄格子に囲われた大きな鳥小屋のようなものがある。

その中に収められていたのは。


ボロボロの黄ばんだ髪はところどころ千切れ、頬や身体は痩せこけ肌はくすんでいる。身に付けているのはたった一枚の襤褸である。

しかしそのエメラルドグリーンの瞳には覚えがある。


「……エメラルド王女」

それがこの国の王女であり、聖女の名だ。

そしてその名を耳にしたエメラルド王女がハッとして顔を上げて叫ぶ。


「そうよ!私が王女エメラルドよ!さぁ私を早くここから出しなさい!」

相変わらず勝手な。王女である資格も資質もないくせに、その地位だけは好きなだけ利用する。


そして私の顔を見るなり、みるみる顔が青ざめる。


「な……な……何でアンタが……!イェディカがここにいるのよぉっ!!」



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