第4話 王女の成れの果て
かつての美貌など見る影もない。罪人のごとく牢に囚われた変わり果てた王女エメラルドがそこにいる。
「何で……何でよぉ……生け贄にしたはずなのに、何でイェディカが生きているのよ!私がこんな目に遭っているのに!そのムカつく髪、目も、キレイな服もアクセサリーも……!ずるいずるいずるい、許せない……!」
社交デビューを果たしたそのパーティー会場で、私の姿を見るなりエメラルドはそう叫んだ。そして何も悪いことをしていない両親や兄が、私のせいで国王の前で土下座をさせられ、厳しく責められた。そして男爵家に受け継がれてきた髪飾りもまた、エメラルドに奪われた。さらにそれを手にしたエメラルドは何て言ったと思う?
『やだ、何これ汚い!いらない!』
アンティークの持つ輝きをそう吐き捨て、床に投げつけて踏んづけた。そしてエメラルドの機嫌を損ねた悪しき産物として、近衛騎士たちによってボロボロに破壊された。それでも悪いのは私の男爵家だった。
私のこの容姿のせいで、家族が辱しめを受けた。以降も社交界で辱しめを受けつつも、王家からのパーティーを反故にすればもっと酷い目に遭わされる。私たちはそれでも社交界に顔を出さなければならなかった。そしてそうまでしても社交界に連れ出されたのは、私を妬むエメラルドが更なる辱しめを与えるため。
国王も王妃も王子たちも、エメラルドを特別視しやりたい放題やらせたのだ。
「そうだ……!そのドレスとアクセサリー、渡しなさいよ!私のものよ!」
またそんなことを……っ。この女は自分の欲しいものは何でも手に入ると思っているのだろうか。これは彼に付けてもらった髪飾りであり、お母さまから受け継ぎ付けてもらった思い出の品でもある。かつて自分勝手にねだり、気に入らなかったと言うだけで無慈悲に捨てて、破壊させたものだと気付いてもいないのだろうか。それに原理は分からないが彼に着せてもらったワンピース。これらは全てを失った私がもらった大切な宝物だ。もうエメラルドなんかに奪われたくない……!
そして私の気持ちを後押しするように、彼が私の肩を優しく抱き寄せてくれる。
だから……大丈夫。今度こそ何も恐れずに、言えるわ。もうあの頃とは違う。家族のためにひたすらに耐えていた。人間としての尊厳も、何もかも失っても家族を守るために従っていた。けど、彼はきっとこのエメラルドに奪わせることなどきっとしない。私を守ってくれると信じているから。
「い……嫌よ……っ」
「……は?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろうか。誰もが彼女が欲しいと言ったものを与え、やりたい放題にさせてきた。一瞬でも嫌がれば、制裁とばかりに酷い目に遭わされる。彼女が聖女であり、国の豊かさの象徴であったから。
その影で彼女に奪われ虐げられ、咽び鳴く声には耳すら傾けず、豊かさを棚に上げて見てみぬふりをした。
けど、豊かさなど一夜で失ったこの国に、聖女の威光などあるはずもない。このエメラルドを持ち上げたところで豊かになる国などどこにもない。
「何で!?私が寄越せと言っているのよ!私は王女で聖女よ!?私に逆らえば、神が黙っていないわよ!?」
聖女は神の寵愛を受ける存在だ。聖女何かあれば神の怒りが下る。だからこそ聖女大切にされるのだが。それを利用して好き勝手にするのは明らかに違うだろう。
「怒る神などいない」
ずっと私の様子を見守ってくれた彼が笑う。その彼をキッと睨んだエメラルドが叫ぶ。
「何ですって……っ!?呪われ子のくせに!」
それは彼のオッドアイを見てそう言っているのだろうか。オッドアイが何だと言うのだ。彼のオッドアイも私のスノーブロンドと同じ。生まれ持った大切なアイデンティティーである。
それを他人の勝手な価値観で否定するなんど言語道断だ。
むしろ呪われているのは……エメラルドの方が相応しくないかしら。
「それも一理ある」
彼が笑う。私の心の声を読んだの……?でも賛同してくれるのはありがたいわ。彼が応援してくれるなら、私はこの醜悪なエメラルドにだって立ち向かえる。
「私は聖女よ!神からの寵愛を受けているの!」
エメラルドが叫ぶ。
「もうお前に寵愛を与える神は、もういない」
彼が冷たくエメラルドを見下ろしながら告げる。
『もういない』とは、まるでかつてはいたけれど、今はもう存在しないような言い方だ。
つまり、かつては確かに彼女を聖女とした神がいたらしい。
こんなのでも本当に聖女だったのね。
「そんなことないわ!そうよ、神よ!この生意気なイェディカと呪われ子に大いなる神罰を!」
エメラルドが叫ぶが、その声に答えるものは何もない。
「……さっきから聞いていれば」
彼がけっと吐き捨てる。
「その汚い口で、声でイェディカを呼ぶな。お前にしゃべらせてやってるのは、お前の醜い凋落を鑑賞して楽しむためなんだからな?」
彼がニヤリと笑う。何だか性根ねじ曲がっていないかしら?
しかし思えばこんなに痩せこけて干からびているのに声を出せてまだ生きている。
それも彼の力かしら。
「この国のひとたちは聖女をとても愛していた。王も、王妃も、王子たちも……この国の人々は、愛し、敬愛し、聖女を崇拝していたはず。表向きは」
「……ふっ、表向きはな」
彼もそこ意味を理解しているようだ。
「聖女の力が大地を潤し、人々の傷を癒すのなら、この国の惨状はあり得ないわ」
つまり聖女の力など皆無だと証明しているのだ。そもそも彼女自身が聖女の立場を利用して人々に癒えぬ傷を負わせてきた。
「その力を与えた神はもういないからな。いや、いるけれど」
「まるで神を知っているかのようね?」
「ほら……いた。まだそこに。よほど自分が寵愛した聖女が恋しいのだろう」
彼が指指したのは、向こうに磔にされた磔台。その中でも破損がより一層激しい、一番端の磔された人骨。
その磔台の土台にコポコポと泡をたてながら
「あれ、何……?」
「聖女を寵愛したものの、成れの果てだよ。いやもう聖女ではないが」
寵愛したってことは……神?そしてその、成れの果ては、不老不死でも実体のないものでもなく、実体を持ちあのように果てた。
むしろそのために実体に縛り付けられたのだろうか。
「神だから逃れられるだなんて思うなよ」
やれやれ、彼だけは絶対に敵に回しちゃいけないわね。彼を敵に回した神の成れの果ても、エメラルドも、この国も。その時点で終わっていたと言うことか。
「もう神としての格も失った。ただアレが朽ち果てるのを待つだけ」
彼の話では、この国は……豊かだったツリーランド王国は一夜にして滅びた。何もかもが枯れ、王家も断絶した。いや、エメラルドだけはかろうじてしゃべって動いているが。
振り返って見てみれば、先ほどまで身体を起こしていたエメラルドが地にひれ伏している。
「動かない……動かないのよぉ……身体が……私の、美しい私が……私は美しい」
もはや言葉さえ支離滅裂である。むしろ今まで動いていたことが奇跡のようだと思うが。こんな状況では飲まず食わずだろうし。
「そ……そうだ……そうよ……!ここにイェディカが現れたのは……そうだわ……!私になるためよ!」
……な、何を言ってるの……!?
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