視点:志野
第38話
「おっ、居た、居た」
屋上に上るなり下を見下ろして、欄先輩が言った。喜びのような表情。
「なにしてんですか」
「確認してもらってたんだけどさ、どう考えても仮に呪い代行してくれる人物がわざわざ現れるとは思えないんだよね、でも。相手も見つかりたくはないだろうけど来ないわけにはいかない。もし代理人が追われてたり何かあったらいつでも首を切れるように何処かに隠れてるかもなって。念のため代理人か本物か向こうで確認してもらったわけだ案の定素人だったわけね。で今見下ろしてたら本物って言ってもたかが知れてるけど居たってわけ」
「見てわかるもんですか?」
「まあわかるんじゃないかな、知らんけど」
彼女は先ほど見ていた方向から見て後ろの物置らしき方へ歩いて行ったかと思うといきなり足で蹴ってこじ開けた。
「それまずいですよ!」
変形したドアを開け中から大量のパイプらしいそれを床に転がした。それをひとつ手に取ると妙な持ち方をする。
「まさか遠投するつもりじゃ」
そんな予感がした。
「そうだよ、他にどう使うの? 最悪喋れる状態なら四肢をもごうが何だろうがいいんだよ捕まえさえすれば」
にこやかに何でも無いことのように。
「駄目に決まってんじゃないですか!」
「正義の味方じゃあるまいし、それとも呪い殺されろと? 味方死んで相手を無傷で捕まえようと? 馬鹿馬鹿しい」
言葉を返そうとして、携帯が通知を告げる。
「っと、バリケードも準備出来たみたいだ。こんなしょうもない話をしてる場合じゃないな。話は後。そろそろ誘導してくれてる頃だし。いい加減向こうがこちらに気づくようにするかな」
彼女は足を元の方へ向けて歩いていく。
『おにぞくる からるる!』
彼女が声をあげた。左手の袖を口元に近づけて2本指を立てているのが見えた気がした。何かが下から勢いよく彼女めがけて飛んでくる。
『もとこしみちにかへりたまへ』
それを右手の指2本で撫でるようになぞり、右手でなぎ払ったように見えた。
「志野くんそれ、取って」
パイプを取って彼女の近くにおろすと一つ手渡す。右手で勢いよくそれをぶん投げ終えると。勢いよく下に指を指して
『おにめがけおちたまへ』
とくちぶいた。明らかに軌道が変わった。その時ぼくは少しの油断をしていた。だから先ほどのパイプがこちらに軌道をさらに変えてきたことに対応できなかった。
ふと、彼女の右手の裾が視界を過った。
『はじきたまへ』
目の前で彼女が庇うように右手を指2本たてたまま横へ払う。何もないはずの壁か何かにパイプがぶつかったように目の前を転がった。パイプは変形し折れている。
「欄先輩、すみません」
彼女は視線だけこちらにやると残るパイプのいくつかを右手でなぞって
『つんざきたまへ』
彼女は言った。まるで意志があるみたいに数本のパイプが軽々と同じ方向に軌道を描いて飛び上がり落下する。到底現実とは思えない光景だった。漫画見ている気分だ。
彼女は下を見下ろして、残ったパイプを打ち付けとがらせた。冷たい目でこちらを見上げる。
「次はないよ? さて突っ込んでくからいざとなったら逃げろよ護符は呪いそのものなら対処できるけど今見たく物そのものには意味なさないから。死にたくないならね」
パイプを右手に構えるとこの高さを相手めがけて軽々と飛び降りた。あわてて彼女を上から見る。果たして人間がこの高さを落下して生きていられるのかという疑問がわいた。何故なら彼女は無傷で相手と攻防している様が見えるからだ。舞を思わせる動きひとつひとつの動作が。
こんなものは見たことも聞いたこともない。漫画やゲームでも無いのだから。
『うちころせ!』
彼女の大きな声が聞こえた。
ぼくは階段をかけ下りる。どうせたどり着いても役には立たないけれど。ただただ見ていることが嫌だった。
例え無傷で相手と攻防できていても彼女は生身の人間だ。何かあれば死ぬ。
彼女の居た辺りへ小路を走る。その時嫌な音と彼女の声が響いた。続いて誰かが走り去る音。
「吉岡くん!? 何で残ってたの」
吉岡という彼女の元後輩が血を滲ませ倒れている。珍しく焦った表情の彼女が居た。状況はよくわからない。おそらく相手の位置を彼女に伝えるために待機していた一人なのだろう。不幸にも逃げられずに敵から襲撃されるはめになった?
「欄先輩!」
「ごめん、志野くん誰かにこのこと連絡して、あいつが逃げたら意味が無い」
そう言って、彼女は奥の方へ走り去る。携帯で田合さんにメールする。
遅れてぼくは彼女の向かった先を追う。
思った以上に彼女達の移動が早い。
やっとたどり着いた時にはすべてが終わった後だった。地面には大量の血と命が消え失せた男の骸。そして血まみれの彼女だけ。
「あーあ、これじゃあ意味が無い」
はしゃいでいるように見えた。子供が雨のなかはしゃいでいるようだった。おもちゃに飽きたようにそんな言葉を吐いた。
「欄先輩」
「着いてきたんだ? わざとじゃないよ」
そう言ってぼくの横を通りすぎていった。到底人が生きていられる血の量ではない。相手を見なくたって死んだのだと誰もがわかる。
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