視点:欄

第35話

 ひとつ済ませてしまいたい用事が出来た。だからその旨をメールで伝えてある。再び神社へと訪れた理由は雅でも兎山でもない。


 だから社務所にも向かうことは必要ない。


 神出鬼没と言っても差し支えない奴に用事があっただけ。


 神社の奥まった場所、そこには他の誰も来るわけがないことを知っている。真っ黒な影がボヤけ子供の姿を取った。


「おい」

 腹の底から滲み出た声は、薄汚い。

『■■■■』

 人を成さない言葉、所詮。人間を模しているだけだから。

「雅にも、陽にも手ぇ出すなよ?」

 忠告。

『そんなことをお前は言いに来たのか』

「よくもまぁ人間の真似が上手だな虫酸がはしる」

 腹の底から滲み出たのは悪意。

『人間風情が』

「神ごときがよぅ喋りよるでな!」

『たかが人間ごときが何様だ』

「良くわかっとろぅが、お前かけしかけとんわ」

『はて、何のことぞ』

 大変面白いとでも言うように姿を歪ませる。気色の悪い。だから不愉快でならない。

「とぼけるなんてボケがまわったか。神でもなぁ?」

『とっととね』

 目を細めてそいつは言う。反吐が出る。

「おとろしぃ、人の願いは叶えるもんやろなぁあ」

 私は嗤う。

『内容次第』

「てめぇらかどうか知ったこっちゃないが。兎山宗吾にも、雅にも、陽にも。志野大樹にも。熨斗司にも手ェ出すな。ちょっかいかけとんのお前らやろ? 代わりに私を食えばいい、殺すなり焼くなりどうぞご自由に。あいつらに手ェ出してみろ地獄に堕ちようがぶっ潰す!」

 腸が煮えくり返りそうだ。人生で初めて出るもっとも低い声。

『愉快』


 足音が何処からか聞こえて踵をかえす。見られるわけには行かない。命に意味なんぞありはしない。



 暗がりの中へあいつも消えた。私もここにはもう用はない。あいつが提案を飲もうが飲まなかろうがどうだっていい、私にとっては。


 

 きっとろくな死に方はできない。


 家路へと。


 足早に。

 

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