第32話
いつ来てもここはでかい、当然か。鳥居をくぐって中を見渡す。朝早く平日であるからか人もさして見当たらない。右手の荷物が重い。
向こうから巫女装束の人物が
「おっ、律ちゃん」
「朝早いのに元気だね。うらやましい限りだわ」
「そろそろ継ぐ気になった?」
「ならんが? 前回は手伝いに来ただけなんだがなぁ」
そもそもそう簡単になったら怖いわ。
「えー、もったいない」
彼女は頬を膨らませる。
「ところで
「居るよ」
「いつもんとこ? あと悪いんだけどこれまた直して」
後ろをついて歩く
「まあそないな見た目しとったから、そないな話やとは思うとったがや」
振り向いて彼女はそう言った。
「毎度悪いね」
社務所が見え足を止める。
「思うとるようには見えやん」
奥にある入り口から中へ入る。
「出来れば片腕でも脱ぎ着出来るようにしてくれると助かるんだけど」
右手の紙袋を手渡す。
「無理難題良いよるで」
靴を脱ぎ、いくつか並ぶ戸のひとつを開く
「お久しぶりですね、欄さん」
「そのせつはどうも」
彼は鵜山家の分家にあたる兎山家の兎山宗吾さん。まだまだ若く見えるけれど、この神社の神主だ。一時期私はこの神社で少々手伝いで来たことがある。まぁそんなことはどうでもいいな。
「ありがとう、下がっていいよ」
宗吾さんが後ろの彼女に告げ、足音と気配が遠のいて行く。畳に座る。
「で。何か御用かな。電話していただければお茶でも用意したのに」
「携帯壊れてしもうて、かけたくてもかけることができへんので。こうして赴いてきたわけでして」
「ほうですか。あれが壊れたんなら大変ですね」
「そうですね、わざわざ封をしていただいたのに。申し訳ない限りです」
「じゃあそれからかな?」
柔和な笑顔を彼は浮かべる。
「とお願いしたいところであったわけなんですが代わりを私用意できてなくて」
「そうですか。ゆっくりされてください」
「ありがとうございます」
どれくらい。会話をしていたか。冷や汗が滲んだ。
馬鹿みたいに身体が痛い。昨日の打ち所が悪かったのかもしれない。身体が痛いせいで動く気分にもなれない。
寒い、しんどい。それが実際の感覚なのかもわからない。声が、音が、頭の奥に響く。
まぁいいか。
痛みの最中。微睡む。
何故横になっているんだっけ?
見慣れない天井だ。いや、どこかで見た気もする。
あー、ここは社務所か。いつの間にか仰向けに寝かされているということに気づいた。
静かに戸が開く。
「よくもまぁ、やせ我慢なんてするね」
透き通る声は雅、彼女のものだ。ほんと似てるんだか似てないんだか。彼女は福呂陽の姉だ。神主である宗吾さんは二人の叔父である。二人の両親は離婚後病気により母親は他界し、叔父である彼が引き取った。彼女は自己意思で神社の手伝いをしている。
「放っておけばその内治る。痛くなかったし」
わりと本気でそう考えていた。
「休憩してもらえってさ」
「いや。いい、帰るわ」
身を起こそうとして押し戻された。
「じっとしてなよ、熱もあるのに」
「熱? おかしいな。むしろ寒い気がするんだけど」
ぐるぐる視界が回っている気がする。
再び意識が浮上した。
日が暮れたんだろうか。部屋が薄暗い。静かだ。相変わらず身体が寒い。気分は優れない。人の気配もほとんどない。
この部屋には時計なんてない。だから時間を、時間の経過を、明確に私は知る術がない。
やおら上身体を起こす、冷えピタがずるりと額から落ちた。
布団の上に寝かされていたのだ、と今更ながら気づいた。久しぶりにここへ訪れた気がする。あの時は手伝いがてら来ていただけ、だけど。
起きてみたけれど身体のだるさで直ぐに横になる。思考する。
ああいうことをすると不調を起こすのは自然の摂理と言ってもいいか。自然の理を人間という生き物がするのだから。そろそろやり方を変えるべきかもな。これでは反動が大きく不調の時間が長くなる。
熱に浮かされ、何度か目を覚ましては眠りに落ちたり。を繰り返していた。こういう時、目が覚めている間だけ、弱気や孤独感が去来するような気がする。少なくとも私においては。
死んでもいいか。と考えていた気がするけれど。もはや定かではない。
うなされていたような気がする。思い出せやしないけれど。
人の気配を何度かあった気がする、言葉を何度か聞いた、そんな気がする けれど。どうにもボヤけていって不確かさだけが私の中に取り残されていった。
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