第27話
慌ただしく準備に追われながら夜は過ぎていったような気がする。寝落ちしてしまった。
さすがにいつまでもまともな服を準備していないことを怒られそうな気がして昨日準備ついでに衣服を買いに出ていた。人の多い場所は疲れるなと思ったけれど。
寝落ちしたせいか変な時間に起きたために残りの準備もある程度朝からして携帯を見るのが遅れた。携帯のメールに今更気づいた。志野くんだった、そう言えばブロックを解除して再登録した気がする。
必要な荷物を手に取って踊り場から下を見ると
「欄先輩!」
と元気な声と志野くんと社用車が。車で行くのはなぁとは今更過ぎた気がする。
鍵をかけるとなるべく階段を足早にかけおりた。
「どうしたものかなー」なんて言っても仕方ないとわかっていても口から吐いて出た。
「どうかしたんですか、欄先輩」
「いや、気にしないで。なんでもない、おはよう二人とも」
助手席の辻本さんにも声をかけると後部座席のスライドドアを滑らせ荷物を下ろすと座り。同じくらいのタイミングで志野くんは運転席へ乗り込んだ。
「どこに向かえばいいんでしたっけ?」
「説明難しいなぁ。とりあえずこれわかる? 結構遠いけどね」
携帯の画面を見えるように向ける。大まかな地図。
彼が頷いて前を向く、車は動き出す。
「ところで結局あれってどんなものだったんです?」
「知らない方が良いよ。気分のいいものでは無いだろうからね」
「尚気になります」
「どうしても知りたい?」
深く息を吐く。むしろ聞かせたくは無い。
「聞きたい」
「辻本さんは?」
ここで否定してくれたらいいんだけど
「知っておく必要あるかと」
その目が確かで真っ直ぐで。ほんと困るな
「聞いて気分悪くなるかもしれないことだけ前もって言って置くね。死んだ人の内臓とかそういうのまとめてねぇ手づくりの等身大くらいの人形に詰めるだけ。確か多くは子供から赤子くらいのね言葉だけならシンプルだよねでも」
「でも?」
「そうする上で必然的に亡くなった人の肉体を破壊することになる、あくまでも中身だけを使うからね人形のなかに入れるのはたったそれだけ」
つくるもの自体はシンプル。そこに付随した行動というか儀式というか、まつりかたそちらは気持ち悪い。だって臭いがしないわけないから。
窓の外を眺めてみる。
心地の悪い静けさ。
それはそうだ。生き返ると信じていたとして、家族の死体を破壊する行為は。
それにあの記録によると村の人間全員がそれをしたわけではない、信用していたわけじゃないから。藁にもすがりたいほどに追い詰められていた数組かあるいは。ともかく一定数の人々が加担し、一定数の人々いや、多くの人々は気味悪がりつつかといってあわれを思い口出ししなかった、と。
それも生き返らせたい人間の肉体を破壊してつくることで生き返るだなんて。悪質なモノを誰が村の人間達に教えた? まぁ考えても無意味な話だ。
そしてその土地は捨て去られている。だから緊急性と重要度は低く見ていた、けれどこんな疑念が私のなかに湧いた。
もし必要となり再び使われる土地になりでもしたら? それにより再びのろいじみた悪意が再び活性化し拡散でもしたら、と可能性を否定を消すことは出来るだろうか。
寝る子を起こすなんてことが無いと言えるだろうか。
国のやり方まではこちらにはわかるわけ無いだろう。国に繋がりのあるような組織では無いのだから。所詮民間組織、有志が集ってつくられただけの民間組織。表立って動けない。
気を抜くとしかめっ面の私が窓ガラスに写る。そんなつもりは一ミリも無い。誤解を招く表情、無意識とはいえ。昔からの私の悪い部分だ。直さないとな。じゃあそれ以外の表情は? どうするんだったかな。何もないのに笑うのはさすがに気味悪い。
顔を手で覆い隠す。私は今まで多くをしかめっ面ばかりしていたんだろうか。
いやこんなことしていると窓ガラス越しに自分同士でにらめっこしているようではないか。それこそ気味悪いな。
「欄先輩、そろそろお昼にしませんか?」
なるべくしかめっ面にならないよう努めて意識する。
「私はいいや、仮眠に当てたい。悪いんだけど二人で行ってきてよ」
駐車場へと向かい減速し始めた車。ポケットを探り財布を手に取る。
「はいこれ。じゃあそういうことで」
ちょうど停車したタイミングで。無理やり押し付け手に持たせる。
「いやいや」
そう言って突き返された手をもう一度返す。
「昨日から準備でまともに寝てないから仮眠したいわけ。わかる? さっさと行ってゆっくり昼でも食べてくれ」
「お、お金は」
「後でどこぞにちゃんと請求するから」
これで納得するだろう。ドアが閉まり姿が見えなくなるのを確認して。仮眠を取ることにした。道は後半分ほどだろうか? 後部座席にて横になると目を瞑り眠った。
嫌な夢を見る。今に限った話じゃないけれど。過去というのは簡単に傷痕を抉るように、やってくる。ほんとうは可能ならば眠ることなくいたいわけだけど。そんなことは不可能だ、ということくらいはわかっている。悪夢だ、とわかっていても私は傷つくし悲しい。どうせ起きていても悪夢は形を変えて現実に侵食するんだから、それなら眠り悪夢を見る方がいい。
過去の傷あとをなぞるように悪夢は襲う、生々しい悲しみ、痛み、苦しみ、つらい。感情。記憶、感覚。責め立てる声、言葉。喧騒。
おそらく今のもっとも最終地点は会議室での出来事になっているだろう。
これは夢だ、通り過ぎた過去だ。そうわかっていてもきっと私は身勝手に傷つく。被害者気取りの私、だと思う。
当然の報いなのだから。
無意識の内に呼吸を止めていた、と気づいて飛び起きた。最悪の気分。胃がひっくり返りそうな感覚。胸をおさえる。スライドドアを開けて車から離れ金網に片手をついて何もない胃の中身を無理やり吐き出した。もし吐き出したものがあるとしたら罪悪感ぐらいだ。気分が悪い、気分が悪い、気分が悪い、気分が悪い。何もないのに無理やり吐き出そうと体はする。体力ばかりが奪われる無意味な動作。頭が痛い、頭が割れそうだ。視界がぐらぐらと揺れそうだ。膝が地面についた。気分が悪い、胸が痛い。嘘を吐けと声がした。気がする。
苦しい、息ができない。ざまあみろと声がした気がする。ありもしない吐き気がする。
フェンスについた手だけが私をかろうじて支えている。お前のせいだと声が脳を揺らす。言われなくともわかっている。自分自身がそんなことくらいわかっている。しっかりしろよ
吐き気は絶え間なく私を襲う。何も出ない。何も口にしていないのだから。当たり前だ。
苦しんでろと声がした気がする。うるさい。死んでしまえと声が言う。死んでやるよ言われなくたって。先にやっておかないといけないことがあるだけだ。ちゃんと死んでやるから黙って待ってろ。
よろけそうな身体を無理やり動かす。後部座席の鞄から水のペットボトルを手に取ると車から離れた場所で口をゆすいで吐き出した。出来るだけ水分が身体に入らないようにして。
振り返り戻るタイミングで二人の姿が見えた。後部座席に乗り込む。
「欄先輩、いつも喋り方ころころ変わるの何なんですか?」
「あー。これでも矯正してはいるんだけどなぁ、汚い喋り方ばかりしてるとさ。いろんな人からやいやい言われるじゃない?」
「それはそうですね」
「うっかりしてるとさ。ボロカス言うからたぶんそれでころころ変わって見えるんじゃないかな」
よくもまあ好き勝手な言葉使いをしたものだと私にも思う節があるんだが、うっかりしていると素で汚い言葉遣いをしてしまう。そうか、他人から見ると確かにころころ変わって見えるかもな。なんて言われるまで気づいてはいなかった。
意外と人はそんなことまで見てるものだな。ちゃんと気をつけねばな。
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