第26話

 朝ってやつは容赦なく平等にそして残酷にも人々に訪れるものである。と思う。

 携帯には何本かの不在着信と降りてこいと書いたメール。玄関を出て踊り場から外を見ると先輩と車が見え。手で呼んでいるのがみえた。


 玄関を閉めて先輩と車に乗り込んだ。

「今日はどうだ?」

「まぁ、昨日程悪くはないと」

「そうか」

 一度も目を合わしてくれなかった。やっぱり殴ったか。或いは怒らせたのかもしれない。

「仕事できそうか?」

「これ以上迷惑かけてばかりもいられないので今日からちゃんとやりますよ」

 きっとこれ以上迷惑をかけていると見捨てられる気がした。次は無いかもしれない。それが怖かった。

「わかった」

 再び無言の車内。私はなるべく外を眺めていた。はやく着いてしまえばいい。きっと先輩は怒っている。


 車が事務所で停まり、助手席から出ると先輩の後ろをいつもより距離を開けてついていく。

 すでに何人か人がいた。当たり前だけれど。

「別にいきなり現場行かなくたっていい」

「いや、別に大丈夫ですよ。私」

 きっと

「本当に?」

 目が覗き込む

「ええ大丈夫です」

 本当は事務所で待機していることの方が、不安を加速させる気がしたから。だから事務なんて今の私にはできる気がしなかっただけ。逃げたかったここから。

 

「この人が事務の辰己さん、で、こっちが実行兼調査員の辻本、こっちはお前も知ってると思うけど志野なあ説明要らんな」

 先輩は女性二人を次々に説明した後、志野くんを。志野くんと聞いて気まずいなと思った。恨まれたって仕方ないことをした。と私自身わかっているから。

 首を縦に頷く。

「残りは福呂と一緒に出払ってる。それから机人数分無いから適当に使え」

 とだけ言って離れた。


 さて、私は困った。先輩を除いて今いる中で面識があるのは志野くんだけ。


 そして席は

   先輩

 

 志野くん、空席

 辻本さん、辰己さん

 となっている。


 そう困ったことに4つの事務机と椅子が向かえ合わせの席。顔を見れる気がしない。

 人数分無い理由は元々いたこの人達に空蝉。そして胡内さん、吉岡さん、田口こと私の下で働いていた元後輩組と福呂の4名がここに追加されたから。随分あれから経つけれどスペース的にもこれ以上物は追加できないから。

 要するに左側のスペースは応接間、会議室。真ん中が事務エリア、右側に休憩スペースという配置。

 

「どうした?」

「なんでもないです!」

 即座に否定すると席のある方へ何食わぬ顔で座る。こういう時は。

「悪いんだけど、今までの事案の報告書とか資料見せてくれる?」 

 と辻本さんと辰己さんの方へ向けて言う。どちらにせよそれからだ。これなら前を向く必要はない。

 手渡された資料を古い順に目を通す。新しい順に見る方が手っ取り早いことくらいはわかっている。けれどあくまでもここに現在残っている内の古い資料はそう多くないはずだ。理由は簡単だ、一定期間を得ると本部内の書庫へ厳重に納められるから。と言っても本部にある書庫もひとつではない。

 正確にはそれぞれが報告書を記載しこちら側の書類及び報告書だけが一定期間保管した後破棄される。

 と言っても余程の内容でない限りある程度書庫内のデータは見ることはできるし必要さえあれば事務員ですら本部に申請すればこちらに送ってもらい紙面を読むことだって可能だ。

 そうよっぽどの内容でもない限りは。そしてよっぽどの内容の物なら普通の書庫には無い。もっと厳重な場所にある。



「欄先輩」 

「何?」

 呼びかけたのは、志野くんだろう。紙から顔をあげることなく返事した。単純に顔をあげたく無かったわけではなく、目を通すことに集中していたから。

「道具どうしたんですか?」

「道具?」

 質問の意図を汲み取れず顔をあげ聞き返した。

「御札とかです」

「ああ、あれね。返した。返還した」

 そんなことを聞いてくることが意味不明だなと私は思った。

「いやいやいや、仕事道具返すってどういうことですか?」

「あれね、特注だから手間も金もかかるから要らないかなって」

「仕事道具そんな理由で返すってなに考えて。そんなやつ普通居ないでしょう」

「居るよここに」

 呆れたと顔が物語っている。後輩に呆れた顔で見られるとは

「無しでどうするつもりなんですか!」

「どうもしないけど? 道具は所詮道具だよ。何をそんなに」

 ムキになっているのか、なんて聞いたら火に油を注ぎそうだなと思った。

「馬鹿なんですか」

 乱暴な発言だと思ったのは私だけか。

「いや。方法ならごまんとあるでしょ」

 そう言ったらもう何も言ってこなかったから目を更に通すことにした。まぁこれといって何も得るものは無かったけれど。

 あってたまるか、とも思う。無いにこしたことはない。 

 はてさてどうしたものか。少なくとも保留状態の案件は無さそうだ。当たり前だけれど。人数がこんだけいて保留になっているとしたらそれこそ沽券に関わるだろうな。



「あっ」

 今更ながら思い出したことがある。ズボンを捲り上げて見る。

「やっぱり」

 太もも辺りの薄青い模様がちゃんとある。うっかり忘れてしまうところだった。いや、忘れてしまう可能性を考慮して施して置いたのだったな。

 そこまで重要度を感じる必要のない尚且つ被害の拡大性も限りなく低い。そしてこの案件を現在把握或いは記憶しているものは居ない。わざわざ私が書類ごと書庫から破棄しておいたから。そもそもかなり古い。ちょうどいいかもしれない。

 元々一定期間が経てば模様が浮かぶようしておいて良かった。私自身がそのことをうっかり忘れてしまうことを折り込み済みの仕掛け。


「それ呪いか何かですか」

 私がひとりごとばかり言ってたからか。志野くんが

「いや、全然違くて。アラームかなぁ」

「なんの?」

「抹消しておいた怪異事案の」



 言葉を間違えるとろくでもないことになるというのはほんと。言葉足らずが過ぎた。

「で? 何を抹消したつったぁ」

 先輩に睨み付けられながら後悔したのは言葉選び。

「説明するのが面倒なんだけど。簡潔に言うとね、昔ある地域にんー。呪詛師とでも言えば良いのかな。ともかくろくでもないことは、確かなある一人の人物によってね、そこの地元民にろくでもねぇもんを教えて作らせた。そして生き返るだなんて嘘の甘い言葉を信じた一部の幾人かの人間によって気味の悪い、そう。のろいとでも呼ぶべきモノが作り上げられあげくそれを神と崇めすらした。一体どんな意図が込められていたのか? それに関してはわかりはしないけれど」


「作り方から見ても悪意でしかないことは予想できる代物。そしてそこに元からあった信仰と迎合され。世代を経るごとにその意味も知らず知らずにただの祭りとして形だけが残っていったはずだった。ところがそこは既に今は廃村であり尚且つ昔はその名残の建物に肝試しスポットとして在り続けてのろいは拡散し始めたんだよ。まぁこれも実はどうでもいい」


「さて、これらをすべて知った上でこれを綴ったモノがあり拡散させようと試みた奴が後世においていた。だからこそ前述した内容は記録としてあってそれを書庫の奥底へ誰がやったのかももはやわからないのだけど。まぁそれを人の目に触れる必要もないかと思っていつだったかな破棄しておいたわけだね」


「ちなみに言っておくけど。もうそこは捨て去られた土地で誰も入ることはないから放って置いたのだったけれど。そのうち潰しに行こっかなってことを忘れてたわけ」


「なんか反応に困るなぁ。欄」

「誰にもバレるはずないので。その辺も問題ないですよ」

「問題行動は今に限った話じゃねぇからとりあえず置いておくとして。忘れてたならなんで今思い出した?」

「前もってアラームしておいたんですよね。忘れてもいいように」

 ズボンの裾を上げて模様が見えるようにして指さす。

「それで?」

「さすがに今日行ってたらたどり着くの遅くなるので、明日行きたいわけですよ」

「勝手に行きゃあいいだろ」

 さっさと行けよとでも言うように手で追い払う動作を先輩がした。

「そこなんだよね。元々人手というか戦力というかその辺の条件が足りるまで保留にしてたんだけど。そこのおふたりをお借りしたいなってさっき思いついたところで」

「他の奴らじゃだめなのか?」

 不思議そうな顔。

「まぁ、そんなところですね。あっそこの二人に危険が及ぶもんではないですが。だめかなって」

 駄目なら駄目で別に構わない。



「本人がいいならいいけどな」

「じゃあそういうことで。準備があるので」

 なんとなく足早に。荷物だけ持つと、タクシーを呼んで事前準備へと向かうことにした。



 

 

 

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