視点:欄

第21話

 前髪をわしづかむように掻き上げる。あれから幾らかの時間は過ぎた。その間にとりあえず人を呼び出しておいた。カツンッカツンッと窓を軽くノックする音。窓を開けて外を覗く。

「やぁやぁ。どうも」

 努めて明るい声を無理やり出す。

「呼んで悪いね」

 向こうの声を聞く気分にはなれない、きっと酷い顔をしていることだろう。見知った人物。

「作業はするからさ、運転だけ任せていい?」

 沈黙というよりは肯定。向こうへ回るのを確認して私は助手席から降りてトラックの後ろを開ける。危うく忘れるところだ、先に対象の家の玄関へ一度戻る。おそらく事前に大概の作業を他の人間によって済まされているだろう。けれど確認作業をしておかなければ、万が一のリスクは限りなく減らしておくべきだから。内容は頭に入れてある、しかし、重要なのは現在の状態、状況。

 

 一瞬であれ、一秒であれ、一分であれ。時間の経過によって変わりうることなら幾千とある。


 不測の事態に対応できないようでは。


 最悪、後処理などどうとでもするような連中の負担などどうでもいい。だからといって手を抜くのは違うだろ。怪異にだって怪異の言い分があるのだろう、人に人の言い分があるように。共存できるならそれに越したことはきっとない。

 しかしそううまくいくなら怪異事案対策専門機構など必要無かった。存在するのにも理由ってものがある。


 怪現象多発、そんな理由なら大半は簡単に済むはずだったこの家。どうしてだかうまくいかないと結論づけられた案件ということらしい。

 仮にもその手の人材ならいる癖に。資料を見る限り特別それらしい物事が重なった土地、建物というものでもない。要するに原因究明が不可能といったところか。それこそ鵜山環、その人物なら造作もないことだろ。原因解明においては。

 また起きても知らないぞ、と言える程笑えない過去の不祥事はすでに書庫でも確認していたから。だからかな、納得いかないのは。


 そして今回持ち込もうとしているそれは。


 コントロール不能の人非人だった残骸。


 潰し合わせるつもりそれが最善策、と彼らは考えているらしい。得体の知れない化け物と摩耗した消耗品。

  

「さあ、始めようか」

 自分を鼓舞するように


 人体をなしていない、箱に収まる程度に。怪異の汚濁その末路。人だったはずのそれ。


「祓へ給へ 清め給へ」


 最低限の送り方でしかない、殺すのと同義だ。ゆるしてほしいとは言えない。私はそれを消耗品として届けるだけの道具。私以外いくらでも代わりはきくだろう。


 すっかり人間としての質量すらないそれを家の中に置いて、封をする。家という箱に。


 メールをやり取りすると、トラックを見送り意味もなく夜道を歩いた。


 私は携帯からひとつ連絡先を削除しブロックした。たぶん一緒に仕事をすることはないだろうから。



 

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