遠き日のモノローグ

 ぼくらが生まれたその家は怪異を育て人をあまつさえ身内を捧げてしまうような家だった。

 弟は病弱だった。最初からそのためにぼくは産まれ育てられたわけじゃない、でもそうすることしか選べなかったクソみたいな父親と泣いて謝る母親の下で生きていた。それでも瓦解した、必然だったのかもしれない。ぼくは弟と両親だった人と家を失った。救いようのない家族だ、それでも弟には非などなかった守り通すべきだった。例えそれが老い先短い人生だったとしても怪異の犠牲になるべきではなかった。死ぬべきだったのはぼくの方だったのだから。




 最初から怪異の餌として産まれたわけではない、ちゃんと祝福されこの世に生を受けた。ぼくらは同日産まれいわゆる双子だった。たった数分或いは数時間の差で兄にそして弟として人生が始まった。特に母親はぼくらを可愛がったはじめて授かった我が子として。父親も当初は少なくとも当然父親としての愛情を僕らに与えた。大樹 光樹 それが、ぼくらに付けられた名前。弱くて泣き虫な光樹がいるだけで兄としてぼくは強がって進むべき道を示し暴力から庇った。光樹の周りには不思議と人が集まった。正反対にぼくの周りには光樹以外いない。そんな些末なことなんてどうでも良かった、ぼくらの行く末を脅かしさえしなければ。人間として生きることの許された時間は案外短かった、平和とは名ばかりの人生。ある日を境に父親はぼくらを人として扱わなくなった。正確には父方の人がだ。父親は母親に怒りをぶつけるそんな日々と、良く言えば○○さまの代理として、悪く言えば○○さまの餌として生きる日々。母親が父親に聞こえないようにぼくらに何度も謝ってぼくらはぼくらをなんとか人として互いだけを必要としていた。なるべくぼくは○○さまとして過ごし、弟にはなるべく○○さまとして過ごすことをさせなかった。弟には人間のままでいて欲しかった。こんな思いをさせたくなかった。呪いとして必要とされる日々を、優しい弟は嫌がるだろう。人として最低な話を聞かせたくなかった。優しすぎた、純粋過ぎた、弟の人生に穢れを踏み入れさせたくなかった、兄としてまともな家族として。○○さまは父親の家系で育てられ必要とされてきた存在だったらしい。それ以外のことはあまり知らない。呪いのためだけに生かされた可哀想な存在、願いを叶えるかわりに人を餌として食べるそういう生き物、生きてないけどそういう存在なのだ。見えないから人を代役にして、人を介しているそういうもの。それでも限界はくる、人を食べ願いを叶えるそんなまがい物の神様がいつまでも思い通りにコントロールなんてできるわけがない。



 毎日毎日、父の親戚が代わる代わる家にやって来てはぼくらを通して○○さまに願い誰かを呪う。すがるようなその目に正気だとは思えない。異常を異常とこの人たちにはすでに認識できていない。その現実が怖かった、体が冷えきっていく。それでも○○さまとしてぼくらは耳を貸さなければならなかった。父親はもうすでにぼくらを人としては見ていない、父親はぼくらを心底恐れていることをぼくらはなんとなくわかっていた。

 母は父の目を盗んではすがるように何度も何度も謝っていた。母にはどうにもできないことをぼくらはわかっていた、短い時間とはいえ謝るときの母親はぼくらを人間として見ている気がした。母親だってこんなことを子どもに背負わせたくないのだろう。母親とぼくらは互いに泣いてしがみついていた。後戻りのできないこの人生を悔やんだ、きっとああいう結末しかぼくの家族は迎えられなかった。だから仕方ない、誰のせいでもない。ああいうもんなのだ。ああいうものだと人は理解する他にない人間は不条理に抗う術なんて持っていないから。呪いや神様にそんなものを求めても意味がない。




 1度だけ親戚でもなさそうな人がきたことがある。彼はぼくらを人として大丈夫だから、もう少しだけ我慢して救けに戻ってくるよと言った。

久しぶりに感じた人の温もり。

 後に知ったのは母親が打開策をぼくらを人として生かす方法を求めたから彼らはやって来たらしということ。けれど戻ってきた頃には手遅れだった。判断を彼らは間違えた。数日後、ぼくの家族がほぼ全滅した、家族と家を失った。怒りをかってしまったんだろう、○○さまの。残されたのはぼくひとりだけだった。地獄だ。ぼくだけが生き残り彼らに救けだされ保護された。なぜ弟ではなく自分が生き残ったのか。



 ぼくは短命らしい。そういうのを視れる人がそう言った。怪異(○○さま)に目をつけられたらしい。そんなことは些細な問題だ、一家全滅した時点で、短命なことなどどうでもよかった。死んだも同然だった。父方の親戚はみんな様々な死を迎えバラバラの時期に死んだらしい、幸い母方の親戚は影響を受けなかったらしい、と聞かされた。

 ぼくを保護し、声をかけた人も怪異事案対策専門機構の人間らしく、同じように被害にあった人々が保護され支援を受けていることも知らされた。

 怪異事案対策専門機構の本部がぼくのことを怪異の目をそらし短命なりに少しでも生きられるように対策を講じた、ぼくは怪異事案対策専門機構の運営する施設で怪異の被害を受けた他の子どもたちと過ごし、すぐに怪異事案対策専門機構本部所属の男とその家族に引き取られ中学生まで過ごした。その男と奥さんはぼくを気味悪がったりはしないで優しく接してくれた、他人の家族に寄生している複雑な気持ちがした。彼らの子どもはすでに成人し独り暮らしをしているから子育てが懐かしいとぼくのことを可愛がってくれた。その優しさをどう受け止めたらいいのか困惑した。中学卒業と同時に彼と本部に懇願して怪異と直接立ち向かう実地隊員になりたいと土下座した。被災した人間が基本的に怪異と対峙することのリスクから本来は、実地隊員にはなれないことはすでに知っていた。だけどどうせ短い残りの人生をぬくぬくと一般的な人生を過ごすよりは怪異と対峙する戦力として生きたい、その気持ちが強く強く膨れ上がってしまったから。中学卒業後実地隊員として本部で訓練を受け学び、彼と最後に会ったのは支部に配置されることが決まった日。彼は正式な隊員となったおれの祝いに奥さんと二人で選んでくれた財布をくれた。

 支部に配置されその近くの社員寮に住んだ。19になった頃分署(田合事務所)に異動し、そこの近くの社員寮に引っ越した。田合さんはぼくを家族のように面倒をみてくれた、たばこを吸うと怒られた。魔除けのためだけにたばこを使っていることを伝えるとあきらめたような困ったような顔で肺に良くないぞと叱られた。面倒見の良い男だと思った。怪異に対して魔除けとしてたばこを吸うことだけが今ぼくにできる最善だと本気で考えている。健康を心配してくれることもわかっていた。 

 中学校卒業まで面倒見でくれた彼らも田合さんもぼくには申し訳ないくらいいい人だ、こんなぼくを気味悪がらず普通の人として面倒を見てくれたから。

 命を賭してでも怪異の被害をぼくは、弟のように酷い目に合わせたくなかった。贖罪だ。自己満足でしかないかもな。そして人に害をなす人を脅かす怪異をぼくはゆるさない。そのための手段だ。

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