視点:欄

第17話

「話が違ぇだろ、欄」

「何のことだか」

「そう思うんだったら見てみろよ」

 投げつけられたのは携帯と封書。全く覚えがない。私はそれを見てもわからないでいた。

「わかんねぇ? なら教えてやろうか提案なんてな端から無意味だったんだよ」

「先輩の言ってる意味もこれもわからない」

 携帯に表示されているメールの内容も封書の内容もすべて私自身には心当たりがまるでない。


「欄お前が却下してたんだよ、ずっと昔から上からの提案をな」

「上との連絡なんてもう何年も」

「じゃあそれは何だ?」

 記憶と事実の噛み合わないことが私には。先輩に殴られた、と気づいた所でもまだ混乱していた。

 見下すような怒りのような表情で部屋を出ていくのを眺めていた。足音が遠ざかって施錠する音が響いた。



 わざわざ今そんな記憶が。鮮明な会話の内容



 

 夢だ、と気づいて目を覚ました。



「りっちゃん!」

 ここが床だということに今更気づいた。起き上がると既に私と先輩と福呂以外はこの部屋に居なかった。彼らは? 帰ったんだろう、忙しいのかもしれない。

 少し痛みが治まったような気がする。

「やっぱり辞める」

「なんでぇ りっちゃん」

 子供みたくそう返ってくる言葉。無邪気で無垢。

「俺も、そう思う。お前向いてねぇな」

「りっちゃん、辞めないで?」

 その目が嫌いだ。心の中を見透かされている気分になる。


 起き上がって車へと向かって歩く。口をきく気分にはなれない。


 スライドドアを開けて後部座席に座る。


「何で辞めちゃうんですか?」

「⋯⋯」

 答えらしい答えが出せやしない。ぽっかりと空白が私を支配して。

「やめとけ聞いたって。答えは変わらねぇだろ」

 もはや誰のかもわからないため息。気分は最悪だ。バスタオルを被って項垂れた。醜い人生。とうに折れていた心の傷がぐちゃぐちゃに抉れたように思えた。私という人間が私にはわからない。

「何で辞めるの、りっちゃん」

「自分が自分でわからない。わかったつもりで生きてきたすべてが」

 瓦解した。

「辞める理由にはなんないじゃないですか!」

「わからないままわかったふりをして生きるのは耐え難く苦しい」

「りっちゃんの言ってること、が僕にはわからない」

「死ぬより、生きるより、わからないことの方が。こわい」



 どこからどこまでが私という人間だったのか。どこからが私では無かったのか。わからない。それだけでもう。限界。

 無いはずの心が傷んで、悲しくて。涙がぽろぽろとこぼれた。嗚咽がもれた。


 酷く脳が渇いて。横になって。時間が流れることだけを祈った。









 

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