第16話

 表立って怪異事案対策専門機構と書くわけにはいかない。それゆえに中小企業のふりをしたそこに本部はあった。

 ゲートをくぐって奥ばった場所に車は停まった。

 

「やっとこさ着いた、疲れた」

「田合先輩、連絡どうします?」

 お前が電話しろ、と目で合図をしてきた。仕方ない。


 前もって事前連絡をしているとは言え。着いたことは報告しておかないわけにはいかない。携帯電話を取り出すとアドレス帳に本部と書かれたそこへかける。慣れていても緊張はする。

 幾度かの応対の末、電話が切られる。


「とりあえず中に入れとしか」

「だろうな」

 今日何度目かのため息を吐いた彼は車内かれ出ると大きく伸びをした。斜め後ろからスライドドアが開く音がして、欄さんが出てきた。湿布の匂いがする。

「⋯⋯。」

 彼女は何かを言おうとしてやめた、ように見えた。

 先頭を田合先輩、続いて欄さん、最後尾を僕が歩く。自動ドアをくぐって、警備室を模したそこで何かを田合先輩がやり取りしている。

 その間ずっと彼女は壁にもたれていた。施錠が解かれ通路に続く自動ドアを更にくぐって。何処へ向かうのかさえ僕はわからない。緊張にのまれそうだ。入りくんだ建物の集合体。


「田合先輩、何処行くんですか?」

 背中に向かって疑問を問いなげかける。

「黙ってついてこい、迷子になっても知らんぞ」

 通路をすすみ。中央のエントランス、エレベーターに乗り込む。


 エレベーターが何処かへ着くと降りたフロアの床には独特な模様があちらこちらに。

 そこから更に進むと2つに別れた通路を曲がって大きな扉の前で止まった。

 

「失礼します」

 田合先輩が大きな声でそう言って扉を開けて中に踏み入れ、続くように僕らは中へ入った。

 

 そこにも無数の模様が描かれている。


 入って右手にいくつかの椅子とテーブルが段差の上にあっていくつかは空席と、何人かの人が座っている。

 そこ以外はひらけた床が広がっているのみだ。


「これで全員ですね?」


 老齢の誰かがくっきりとした声でそう言った。


 肯定などしなくとも無言は肯定。


「別に取って食おうって言うわけでもない、別段処罰するというわけじゃあない」

 安心するといい、と老齢の人が言って微笑む。


 そう言われて安心やリラックスを出来る人間はいるんだろうか?



 後退りしたい、という気持ちさえ我慢した。本心が見えない。得体が知れない。



 ここに来ればなんとかなる、と確か僕は言った。果たしてそうか?



 何かを言おうとして。出来なかった、りっちゃんがお腹を抱えてしゃがんだ。かと思えば血液が床を濡らした。



「りっちゃん!」

 

「だ、だいじょうぶ。なんでもない」

 かけよろうとして。振り向いた彼女は無理やり作った笑顔を向けた。

 


 なぜかこわいと思った。


「話を続けてもらえますか、私。全然だいじょうぶ。なんで」

 

 一層赤が広がる。床と彼女の距離はより近くなっている気がした。



 バキバキッと何処かで音がはぜている。音の距離がわからない。


 

「話を続けるもなにもまだ話を始めてすらいもしない。欄 律と言ったかなあ?」

 足を彼女の方へ向け近づいて行く。


 おおよそ返事と呼べるものではなく苦悶の声を彼女はごまかすように小さな声を上げる度に、ぶくぶく音が混じった。



「だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。」

 それは彼女が自身に言い聞かせるためだけの言葉の残骸。血溜まりが熱をもったように沸騰したようにぶくぶくと躍動感を帯びた。


 

 床の模様がうねったような気がする。



「これはこれは」


「また面倒な」


 老人はそう言った。一度踵をかえしテーブルに座る数人の方へ戻っていった。


 何かを持って数人がこちらへと向かって歩み出し。少し離れた位置で。


 

「欄律。適性:不合格だそうで?」

 ひとりが片手に紙を見ながら言った。



 それは一瞬だった、りっちゃんの腕があらぬ方向へとへし折れ、床に倒れ込むのと床を溜まった血液が彼女をおおいかくしたのは。


 田合先輩が慌てて向かうのは遅かった。



「りっちゃん?」


「不適性にも2つあるって知っていましたか?」

 誰に問うているのか。


「適性がそもそも全くないこと。適性があるが何らかの欠陥があること」



「適性があっても過剰適性を起こすそういうケースは不合格って通知をする、なんてことがありまして。まあそのどちらでもない何かを分類したりもします。」 


「何が言いたいんですか?」


「生まれつき複数の怪異に長期間関わっていたとしたらどうです」


「なんのはなしですか、それ。りっちゃんのこと?」


 そいつは赤い紙をライターで炙って床に投げた。

 

 りっちゃんをおおった血は霧散していた。残ったのは血の滲んだ痕と彼女の身体。

「りっちゃん!」

 揺する、呼吸の音が微かにした。


「見える人間の元にはわんさかとやって来る。救けてほしいから、物珍しいから、或いはうらやましいから」



「そうやって、対処の術すら知らず知らず生きているとそういうことも往々にして起こりうる」


「解ってて対策を講じなかったんですか?」

「何度も連絡は差し上げたけれど、彼女が応じようとさえしなかった。だけのこと」

 何も知らないでいたのは僕だ。一方的な話だけを聞いて、そうなのだとばかりに。

 

 

 






 

 

 

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