視点:福呂

第15話

「で?だ、お前」

 説教が当然のように僕に向けられた。今更止まるなんてことはできなかった、仕方ない。と田合先輩の居る場所まで来ると叱責された。

「いやぁ、走行中の車から降りて逃げるなんて」

 拳骨を食らった。

「充分予想できる範囲内の問題だろが」

「本人不在で本部行ってどうすんだぁ? 面倒見れないならな、端から外に連れ出すな」

「おっしゃる通りで、返す言葉もありません」

 もう何度目か、そんな謝罪を車から少し離れた場所で。僕は指示をあおぐ他ない。途中停めてもらって追いかけようとした。けれど合流が先だと田口という男に言われてここまできた。怒られるとわかりきっていた。



 さて。どうすれば良かったのか。ほとほと疑問。田合先輩の事務所の前のひらけた空間で怒られながら考える。


「普通逆なんだよ、お前」

「何がでしょう?」

「俺を拾ってからホテルに合流してればこうならねぇってこったな」

 そんな手段もあったか? 目をぱちくりさせた。目から鱗。というやつだ。


「田合先輩ならそうしました?」

「さぁな。そもそもがそもそもだろ」

「なんですそれ?」

 アレだよ、アレ。みたいに言うのはこういう歳になるとみなそうなんだろうか。


「さて、それはおいといてだ。適性のない人間がそういったことをするとどうなるか。そもそも何のため適性検査はある?」

「そりゃあ、ダメになるか運が良ければかいか。ですかね? 適性検査は所属する人間の安全面の考慮ですかね」

「まあそんなところだ。実際適性検査に合格してる奴らは、そうでない奴より対処に行くから。頻繁に検査を受ける、はめになるわけだからな」

「それが?」

「頭悪ぃなお前、つまり適性のない奴らがそんなことすれば必ず悪影響は免れない。実際三人揃いも揃って不合格だったろ?」

「まぁ、そうですね」

 適性検査。怪化、怪花は悪影響の偶発的産物。大概は精神的にも肉体的にも怪異から悪影響を受ける。確かそういった話を新人研修か何かで聞いた記憶はある。だからこそ怪異事案へ介入する人間の割り当て、配置をある程度知識のある上司による判断があって。とかなんとか。相談を聞いたり、事前調査にはあまり関係ない話だけど。

 そもそもかいかはひらがな表記だったものにあとから漢字を当てたもの。怪異へ近づいてしまった結果能力を獲得する。だから怪化、怪花。正しい漢字はない。

「だったらわかんだろが」

「いえわかんないですよ」

「怪化、怪花。悪影響。人非人」

 人非人、人ならざるもの。定義ははっきりしない、何故か? 簡単な話。そう分類された者の中には人間らしくコミュニケーションがとれコントロール化における者が少数ながらいるから。大半は怪異にのまれるか、人格を破壊される程強くマイナスのベクトルの悪影響を受け。最悪の話仲間への危害まで発生しえる。要は異分子だとかそういう。予測できない結果を引き起こし兼ねないと判断され人とみなされなくなった人だったはずの存在。その多くは本部にある施設内に拘束、隔離され外に出ることなく一生を終える。


「田合先輩は欄さんをそう定義するつもりですか?」

「俺が判断するとかしないじゃねえよ、上がそう判断したら?」

 鋭い視線に睨まれて何も、言えない。

「で、でも⋯⋯」

 その先に意味ある言葉はきっと僕は出せやしない。

 僕らはよく上のと、言うが厳密には上下関係の確執とは違う。あくまでも正しさのものさしとでも言うべきだけのそんな存在だ。


「まぁお前がどうせ、余計な言葉を吐いたのが悪いんだけどな」

「そんなこと」

「本人から直接聞いた」

「どうやって?」

 ふと視線が。相談事務所の方角からした。厳密にはその上、つまり屋根?

 片足をぷらぷらさしているのが見えてる気がする。

「僕を二人してバカにしたんですか!」

「偶発捕まえただけだがな。茶番はもういいだろ行くぞ」

 田合先輩が見上げながらそう言った、ため息混じりに。

 

 ちょうど地面に降りて向かって来るのが見えた。と思うと彼女の足が田合先輩を蹴ろうとしているのが見えた。体格差もあって失敗に終わったけれど。


 結局、田口という男と田合先輩が運転を代わり、田口という男は帰っていった。


 後部座席を見る。


「なに? なんか用?」

苛ついた声。

 

「いつ逃げようとしてもいいように監視」


「あー。うざい」

 後部座席から助手席を蹴り上げられた。


「蹴らないでくださいよ」


 何か音がした。


「これで納得?」


 腕をへし折る音。だと気付いた。



「な」


「もっと?」


 足を持ち上げ変な方向へ曲げようとしているのが見えた


「しなくて良いですよ。何してんですか」


「逃げられないようにしたら監視する必要ないよなぁ?」

 気味の悪い笑顔でそう言った。痛覚ってどうなってるんだろう。ケタケタと笑う声を聞いてゾッとした。前を向いて大人しくしようと心に誓った。




「福呂、買ってこい」

 大きな駐車場に車が停まる、田合先輩。

「何を?」

「どう考えても鎮痛剤とか湿布だろ? 自分がふっかけといて忘れたのか」

 後部座席に田合先輩が視線を向ける。相変わらず表情は見えない。下向きに寝転んで片手を投げ出した姿勢。

「じゃあ、行ってきます」



 中に入るとメロディーが店内を流れている、買い物かごを手に取ると目的のコーナーまで行くと必要なものを片っ端からかごへ突っ込む。

 通路を戻ってレジへ。会計を済ますと車まで走る、何せ駐車場が思いの外広く大きい。

 助手席のドアを開けて中に入る。


 

「買ってきました」

 ため息混じりに。田合先輩がハンドルにもたれている。

「普通さ、後部座席に行って対応すべきだろ?」

「田合先輩が貼るのかなって」

「はいはい、さっさと寄越せ」

 田合先輩はレジ袋を引ったくると外から後部座席に回ってスライドドアを開け。後部座席に。

「おーい」

 声をかけて欄さんを軽く揺する。小声で何か会話しているのが聞こえる。後部座席を倒す。混じって消え入りそうなか細い彼女の声がする。

「着くまで時間かかっから、湿布」

 箱を開けて中身を取り出す音がする。後ろを覗こうとした。

「福呂はこっち見るな。前向いてろ」

 と釘をさされてしまった。田合先輩が珍しく小声で彼女と会話をしていて、会話の内容は聞き取れなかった。


 それからしばらくして田合先輩が運転席へ戻って車を再び走らせた。



 

 ミラー越しに後部座席の方を見る。寝転んで起きているのか眠っているのかはっきりしない、いつの間にかバスタオルで顔をおおって。時々痛むのか苦悶の声を上げる。異常に汗をかいている、ように思える。


「大丈夫なんですか?」


「大丈夫にみえるか、第一あれ以上どうもできへんやろ。本部に着くまではな」

 運転席から前を向いたまま表情ひとつ変えずそう言った。


「本部まで結構距離ありますよね?」

「そりゃな。支部では対応しきれんだろ」

 前回の騒ぎが一因では無く。単に本部でないとならないことは多い。適性検査や健康診断ぐらいなら支部でも問題無く出来るだろうが。施設やサービスそういったものはまだまだ本部からぶんかつされていない。特に人材は。


「まぁこれでもなるたけ急いでんだけどな」





 

 

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