視点:福呂

第10話

 本部にある医療棟のさらに厳重なエリア内の一室。そこに欄 律は隔離されていた。

 あの日、なんとか本部に要請された人々がギリギリのタイミングで彼女を拘束し、未だにここにいる。幸い田合先輩も自分もお咎め無し。当人はずっとここに。

「欄さん」

 話しかけても無反応、いつもそうだ。精々反応する時は怪異からのアクションがあったらしい時だけ。耳をふさいだり、目を覆ったり。それ以外はベッドに横たわってる。痛々しい怪我は治療されている。おそらくお咎めも無いだろうに。

「欄さん、どうしてこんなことしたんですか?」

 相変わらず反応は無い。あったとしても目線が合うぐらい。あの日を最後に口も聞いてくれない。

「欄さんはこんなことして満足ですか?」

 返ってくることすら無い会話と呼べるかも定かではない。こんな有り様だから上の人間と自分と田合先輩以外は接触すら認められない。

 田合先輩も最初こそ来て会話を試みたけど結局諦めた。諦めることしかできなかったから。

「欄さん、これが望んだ結果ですか?」

 もし額に手を触れたら知ることができるかもしれない。だけど無意味だ、そんなことしたって。知ること、聞くこと、理解すること、それらは別々のことだ。

 そもそも欄さんとの間にはアクリル板で出来た窓に隔てられている。安全面を考慮してのことだ。中に入れるのも厳重な装備をしている医療スキルがあり対処できる人間だけ。

 普通の医療従事者では彼女の力による影響を受けるリスクがあるから。そして一般人に危害を及ぼすリスクがある人物を外に放つこともできない。それが本部の現段階の考え。

 怪花、怪化。とは怪異に長期間影響を受けた人間が稀に発症する能力のこと。世間一般からすると超能力染みているが怪異事案対策専門機構における定義では厳密には違う。超能力は怪異の影響によって得る能力ではないが、怪花、怪化は怪異からの影響により先天的後天的問わず得る特異能力のこと。ただ、厳密に言うと彼女欄はイレギュラーと言っても良い。理由は観測できうる範囲で一定期間彼女が怪異と関わり続けたことは見受けられなかった。むしろほとんど関わりがなかったと言える。だから従来以上に厳重な管理の中に拘束されている。


「福呂、アルコール」

 不意に明確な意思のある声、欄さんの声がった。視線を戻すと彼女はうつ向き加減に斜め上のこちらへ視線を向けている。ここに拘束されてから今まで視線があった時とは違う確かな意思。

「演技してたんですか?」

 拘束されてから今まで、

「何の話?」

 ほんとに不思議だ、とでも言う声色

「ここに拘束されてから廃人のふりをしてたんですか?」

「そんなことできると思う? 少なくとも覚えてるのは本部の連中が突入してきて私の腕をへし折ったことまで」

「へし折ったの元々、欄さん自身でしょ」

「片方は、ね。もう片方はあいつらだろ」

 不満がありありと浮かんだ顔でこちらを向いた。

「そうでもしなかったらもっと大変なことしでかしてた、でしょう?」

 確信。勘だけど。そう感じたあの時は。

「さぁ? どうだったかないちいち覚えてない」

「しらばくれなくても」

「自我がボヤけることってあるでしょ?」

「無いですよ。普通」

 何を言い出すんだこの人は。

「えー。無いんだ。普通のことだと思ってたわぁ」

 心底驚いたと。

「アルコールの飲み過ぎじゃ?」

「幼少からだからそんなわけ無いんだなー」

 なら脳の病気だろ。

「脳がイカれてたんじゃないですか。生まれつき」

「酷い言い様だな。これでも傷つくんだぜ」

「当然の帰結だと、思うんです」

 

「アルコール」

「医療棟にそんなもの持ち込めるとでも?」

「いいや、ハサミ持ってない?」

 急に飽きた子どもみたい。

「なんに使うんです」

「髪を切る」

「なんでまたー。そうだとして許可出るわけない」

 そう許可が簡単には出ない、一度は暴力沙汰を起こした人間に。

「じゃあ監視しててもいいから、だめ?」

「切らなくて良くないですか、許可する権限ないし」

「今じゃなきゃ。思い立ったら吉日と言う言葉があんだろ、理由は特に無い。」

「僕だって上に目つけられたくない」

 ほんとにこれ以上目をつけられるのはごめん被りたい。

「ごもっとも」

「そもそもそんなに霊感が嫌なら上に頼めば良かったんです、こんな騒ぎなど起こしたりせずにね。欄さんはもっと賢くて利己的な人だと思ってました」

はるとは違うから聞いてもらえやしない。あの日もそれを提案しようとしてたのさ。想定外の事態が起きさえしなきゃ。賢く利己的なんかじゃねぇよ。仮にそうだったらこんなことになってねぇ」

 ため息混じりに言った。珍しいというよりは久しぶりに僕のことをそう呼んだ。

「珍しいこともあるんですね。欄さんが僕を名前で呼ぶなんて。不足の事態って?」

「電話してたらいつの間にか支部に居た。おかしいよなぁ。カラオケボックスにいたはずなんだけど」

「そんだけであんな騒ぎになります? 普通」

「事実そうなったろ」

「追い回して暴れてるようにしか見えなかったですよ僕の目には」

 そう口にして見ると彼女は黙ってベッドの自身の上の布団を見つめこちらに見向きもしない。

 

「あなたの後輩達がどうなったかどうでも良いですか?」

 無言

「田合先輩とこが引き取る形になりました」

 何を考えているんだろう。後輩がどうでもいいのか。無関心なのか。或いはたかをくくっているのか。

「本屋の経営権も他の人に」

「どうでもいいよ、ぜんぶ」

 ぽつり、とそう言った。感情のこもらない声

「あんたのせい、だ。って言いたい?」

 その感情の色が僕には理解することができなかった。先程とも違う声。

 無神経だった、か? 時々無神経だと色んな人から怒られたことがある。無神経な言葉が彼女に触れた?


 結局そのあとまともに会話をしたか覚えていない。 

 


「もしもし、田合先輩?」

「どうした、福呂。こんな時間に」

 電話越し

「さっき欄さんとまともな会話してました」

「そうか。で?」

「田合先輩は会わないんですか」

「俺は関わりたくない、二度とな」

「あんなことになったからですか?」

「そんなこと聞いてどうする? それに忙しいんだ」

「もしあの日のことが理由なら、僕が関わったせいですよたぶん」

 あの日行かなければ

「ずいぶんお人好しなこったな、別にそんな理由じゃねぇよ」

 本心を推し量ることはできない。彼女みたいな常識ある人間じゃないから。

 電話が雑に向こうから切られた

 

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