視点:福呂

第7話

「じゃあこれで失礼しますね」

「あれ? 欄先輩帰って来ないし」

「欄さんなら酒飲んでらしたから戻らないと思いますよ」

 昔からそういう人。

「え?でもこのビルの上の階に住んでるから戻らないわけには」

「尚更帰られないでしょうね、そういう人ですよ昔から」

 前にも増して酒癖が悪い気もするけど。

「欄先輩アルコール口にするんですか、ってか知り合いなんですか?」

 どうも彼女が持つ欄という人物はアルコールを口にしない? むしろ、いや。身体壊したんだったか。

「まぁ一応元同僚ですね」

「へぇー、昔のこと知ってる人初めてかも」

 彼女の目が爛々と輝く。

「ともかく帰られないでしょうから、さっさと戸締まりして帰宅することをおすすめします」

「でもなんで、帰って来ないってわかるんですか?」

 相変わらず自分のことを語らないらしい。それゆえに今の彼女達後輩は何も知らないのか。

「いわゆる霊感が敏感になっているから、だからアルコールを摂取する。それだけのことですよ」

「霊感!? 欄先輩が? 聞いたことない。ね?吉岡くん」

「確かにおれも聞いたことない」

 吉岡と呼ばれた男性が答える先ほどまで本屋の店番をし帰ってきたところらしい。

「本人の許可が無い以上これ以上言えることは無いけど。知る限り霊感のある人間です欄さんは。だから今日は戻られないはず」

 当の依頼はすでに解決した。そろそろ本気で帰らないと。そう思って

 携帯が鳴り響き、応じる。

 

「もしもし福呂ですけど、なにか?」

 向こうが騒々しい。何より向こうからかけてきたはずだ。

「田合先輩? どうしました」

 

「はい? 欄さんが?」

 欄さんの名前が出たせいか胡内という後輩と吉岡という後輩がこちらを覗き込む。

 しかしそれどころでは無さそうだ。田合先輩の話を一度切って。

「とにかくこれで失礼します。では」

「え?あの?」

「上の人達から呼び出しがあったので」

 何かを言いたげではあるがこれ以上この二人と話しをしてはいられない。


 

 面倒事を欄さんが引き起こした、おそらく当分騒がしくなりそうだ。

 らしくもない、ことをするものだ。あれほど嫌っていた面倒事を何故彼女は。ともかくタクシーを拾って駅前まで行き、電車に揺られながら田合先輩からのメールに目を通す。彼女は一体何を考えているのだろう。田合先輩もおそらく困惑しているらしい珍しく誤字が目立つ。


 もう少し気にかけておくべきだった彼女が問題を起こすとは。田合先輩がしでかすならともかく。慎重で面倒事を嫌っていた欄ともあろう人間が。ここまで打って出るのは余程のことでもない限り。積もり積もっていたんだろうか?


 思い返すとなるべくしてなったのかもしれない。田合先輩はそういう能力は無いが上と対等に喧嘩したり問題を起こす人だった、それでも人望が厚い人で。欄さんは霊感はあるが対処能力が無く、常識は三人の中でまともにあって。上と田合先輩が揉めるたび彼女はおさめようとしていた。

 自分は人の額に手を触れるだけで脳に干渉し記憶や思考をみたり出来たけれど霊感は無かった。

 そう彼女が一番苦労していた、それに甘んじていた田合先輩も自分も。そう互いが欠点や問題を補っていた。それがバラバラになっていった。

 きっかけのひとつは田合先輩が後輩、新人育成のために独立した。そこから間もなく確か彼女は本屋を始めた。


 きっと苦労は想像以上だろう。そして今日今回の案件によって鈍らせたはずの霊感が復活したなら? 常人には理解できない代物を、彼女は。

 誰にも言えないまま、誰にも心の内を言えないで生きてきたなら。

 

 どうだろう?


 いつ爆発してもおかしくない爆弾のようなそんな状態の彼女は。欄さんは⋯⋯。


 


 

 

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