視点:欄
第8話
「あんまりじゃないですか?」
「欄、話をしよう、な?」
「先輩、話なんてもう意味ないでしょう」
「遅れました! 福呂です」
気が無意識にそれついそちらを見てしまう。
「福呂と俺と三人で話をしよう、な?」
「話なんかしたくもない」
そんな時期はとうに過ぎた。
「そう言わずにさ、場所移して話しよう?」
「先輩は良いですね、やりたい放題生きてきたんだから」
話し合いなんか。誰かが三人以外の、多くの内の誰かが馬鹿みたいに転んだ。滑稽に。間にずっと割ってるのは先輩。斜め後方の扉の前には急いで来たらしい福呂。
「欄さん、話をしませんか?」
「する話なんてないよ。聞きたくもない」
吐き捨てる言葉。
「それにスピーカーにしてって聞いてくれならこの先も聞いてもらうのは当然じゃないかな」
意味を成さない言葉が吐いて出た。
「それはお前が勝手に切り替えたんだろが、欄」
「そんなこと私、出来るわけないことくらい先輩もわかってるでしょう」
私が一体カラオケボックスからここまでどうやったら出来る?
寝言は寝て言えよ。空の缶が床を転がった。
「実際そうなったろ」
「馬鹿馬鹿しい」
「少し落ち着きませんか? 二人共。欄さんならわかるでしょう。上に喧嘩や暴力でふっかけてもなんもならないことくらい」
正論を振りかざす人間が嫌いだ。正しさで人を簡単に傷つけるから。正しさはいい人、優しい人、まともな人、社会的地位のある人間、強い人。にしか味方しない。
「お前の話なぞ聞きたくもない」
自分でも驚くくらいには聞いたことのないような声色だった。それに私は凶器を持ち込んで脅したわけでもない。連中が勝手にびびって勝手に逃げ惑ってるだけのこと。これでは私が一方的に悪いみたいだ。
「提案をそもそも聞くかどうかなんて俺らに判断できるわけない。それくらいわかるだろ?」
「解る、ってなんですか? 理解するってなんですか?」
ほんとの意味でそれは何なのか。
「⋯⋯」
ほらみろ。どうせ。
どうせ?
「アルコール相当飲んだんですね、らしくもない。欄さん。正常な判断できますか? それで。」
「正しさを説くわけ? 正しさ、正しさ、正しさ、正しさ! 正しかったら何? 正しくなかったら?」
そこになんの意味がある。
「知りませんよ、そんなこと。」
無責任な言葉を吐く姿が視界に写る。福呂の。
「お前やっぱ嫌いだわ。福呂」
「こちらも嫌いですよ。あなたのこと」
同感だ。この問答は時間稼ぎ、か?
「それはそうと欄さんはどうやってここに来たんです?」
「どうでも──」
「どうでも良くないですよ」
「どうでも良い」
心底どうでもいい。
「いえ、どうでも良いわけないんです。欄さんそんなこともわからないのですか?」
「ほざいてろ」
福呂が眉根を寄せる。
「ところで田合先輩、なんで欄さんを羽交い締めにしてでも止めないんです? 倫理的な観点ですか?」
「出来るならとっくにしてる。倫理の問題じゃねぇよ」
「へぇ? 試しにやってみてくれませんか理由この目で見たいんで」
好奇心が隠しきれないと、でもいった態度を福呂がみせる。
「簡単に言ってくれるなよ!」
「頑丈さが売りでしょう?」
福呂の口に不快な笑みが浮かんだ。
先輩が面倒な事にこちらに突っ込んで来た。缶の位置を捕捉して私は。
空き缶を捻る想像をし屈む。爆発に似た音と「ぐぇっ」とカエルを踏み潰した先輩の声。
先輩が床に転げしきりに首を、どうでもいい。
「へぇー。怪花ですか。面白い」
耳障りな愉快げな福呂の声
「⋯⋯っ面白かねぇわ!ボケェ」
立ち上がった先輩がそう言った。
「良かったですね? ねっ! 欄さん」
「何が?」
「だって無力じゃ無いってことでしょう。欄さんにとってそれは重要な問題なんじゃないですか?」
本当に意味がわからない
「福呂お前頭イカれてんの?」
「心外だなぁ」
「心外なのはこっちだクソ」
腹が立つ。福呂という人間に。
「だって霊感に苦しんでたんなら対処できる
一段と大きなそれが耳を劈く。何が対処できる術だ。何ひとつ解決なんかしてはいないのに。うるさくて敵わない。
「間違いしかない」
こいつ頭のネジぶっ飛んでんな、一段と。そう思った。
「解決しないんですか? じゃあもっと怪異に浸れば良い感じにな──」
「黙ってろ」
「ゲホッ⋯⋯」
噎せて床にしゃがみこむそいつを眺める。
「何するんですか。死んだらどうするつもりだったんですか?」
むしろ殺すつもりだったのに。実際は上手くいかないものだ。失敗を証明するように私の腕が捻れ上がっていた。
「田合先輩この人、殺すつもりだったみたいですよ酷いですよね」
「福呂にも非はあんだろ、今のは。喧嘩ふっかけて殴られたって言ってるようなもんだ」
「欄、お前も止めたらどうだ。それ代償? 反動? 大きいんだろ」
虫酸が走る、心配するふりなんて。
「先輩。それならこの感覚止めてくれたら考え直してもいいですよ」
「感覚?」
「田合先輩、霊感のことですよ。彼女が言ってるの」
先輩の視線が私と福呂を往復した。顔は困惑或いは混乱。
「そしたらこの仕事だって辞められる」
「もったいないな、欄さん」
「辞める? なんで、そうなる」
「本当にわからないんですね先輩も福呂も」
「⋯⋯」
「もったいないな。自分なら使わない手なんてないけど、生憎理解できない」
ああ。やっぱり。理解なんてここには無い。そう思った。
想像した。自分が捻り潰されるイメージを。
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