第7話

 音、声が溢れても気にならないカラオケボックスを上限時間まで利用することにした。別に歌いたいわけじゃない。もちろん映画館、ゲーセン、パチ屋でも良かっただろう。映画館は内容に無関係の音や声が聞こえてくることには私は耐えるのは難しい。ゲーセンもパチ屋もうるさいだけ。

 カラオケなら最悪休憩スペースとして使うこともできるし声や音が聞こえても自分自身にごまかせる。せっかく鈍らせ続けた感覚が戻ってくるなど想定してはいなかった。数年かけて鈍らせ失わせてきたというのに。


 携帯はすでに電源を落としてある。あいつらはそもそも自己判断も上への連絡も報告も余裕だろう。

 もう辞めてしまおうかと幾度思っただろう。


 けれど私はそれを選択することはおそらくしない。対処する能力が無いから、それゆえこの仕事をしているんだから。この仕事さえしていれば最低限の安全くらいは保障される。ふざけた理由だと呆れられてしまったとしても仕方がない。


 携帯を手放してソファーにずるずるもたれる。


 アルコールに溺れてしまいたい、そう思ってしまうのはこの感覚が戻ってくることを私が心底嫌っているから。けれどまともな思考が水を注がせた。


 もっと利口な生き方が、正しい生き方を、取れたらどれだけ良いだろうか。


 思考の合間に何度もそれは聞こえる。


 おびただしい人々の声が、叫びが、断末魔が、赤子の泣き声が、赤子の笑い声が、金属音が、足音が、ぺたぺたと何かが這いまわる音が。そうカラオケに似つかわしくないそれ、が。


 目を閉じると浮かぶだろう、光景を。何度も打ち消した。何もかも見なければ、聞かなければ、受け入れなければ、信じなければ、無いのと同じ。なんてものは空想。居るもの、存在するものを無かったことにできはしない。

 

 少なくとも私にとっては。


 生まれつきあったその感覚に私は苦しんだ。


 大人になってか或いはそれよりは前の頃、アルコールを摂取すれば感覚を衰えさせることが一時的に可能だと気づいた。と、言っても当時すでにこの仕事に就いてはいたけれど。


 そう、今よりは現地へ赴くことをしていた。けれどアルコールだけでは駄目だった。だから私は本屋としてなるべく現地へ行くことが少なくなる道を選んだ。

 そしてそれまで浴びるように摂取し続けたアルコールに身体も脳もイカれた。ここが引き際そう何度も考えたし、退職届けを。と何度も。ずるずると今日まできてしまった。


 それでもわかっていたはずだ。どう転んでも逃げ仰せることなど出来るはずが無いということを。


 ほら。みてみろよ。現にこのカラオケの部屋のテレビ画面が歪んでらぁ。


 無関係ではいられない。


 たぶん死んでも、ね。


 あの頃は、私も先輩も福呂さんも一緒だった。


 私が最初に逃げた。すべて。うらやましいよ、そのままの自分でいられることに。


 携帯を手に取っては手放し、取っては手放す。決断は今すべきなのだ。出来ないのは弱さだ。


 増していく音と声、画面の歪みが酷くなっていく。


「もしもし? 先輩もしかして本部か支部におられますか?」

 これからとる決断を

「スピーカーにもしくは上の人間に替わってもらえますか?」

 あわよくば、なんて。やり取りが幾度繰り返される。そう簡単じゃないことは私にだってわかる。それでも私はこうするしかない。

 スピーカーにした旨が返答。地獄にさえ堕ちてしまおう

「ひとつ提案があります、どうせ却下されるでしょうけれど」

 向こうで一層騒がしい。こちらも相変わらずうるさくてかなわない。

「提案をのんでもらえると幸いです。無理なら私辞めさせてもらいます、別にどうでもいいことでしょうが。」

 賭けに出る他に道は無い。無理なら死のう。


 

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