第6話

「お名前は?」


「藤崎小春です。○○高校の生徒です。」


「あなたは当事者ですか?」


「はい。」


「それではどういった内容ですか?」


 耳障りな音が耳を劈く。なるほど彼女にはやはり聞こえてはいない。ならこれは警告か。


「やっぱり少しお待ちいただけますか? 適任者に引き継ぎます」

 彼女の表情を確認して携帯を手に廊下へ。「大丈夫、ここは一般的な場所よりは安全ですから」とだけ言ってドアを閉め。廊下に誰も居ないのを確認してから携帯の通話を。


「もしもし?」

 気だるげな声が向こうから聞こえる。人をこれから馬鹿にしてやろうとでも思っているのだろう。

「福呂を連れて来て」

「は? 嫌だね」

「拒否権あるとでも? さっさと連れてこいクソガキ。言っておくけど、命令だから」

 文句をだらだら言い出す声を無視して切る。幸い事務所と廊下の間の壁は頑丈だから聞こえたりはしない。

 髪の毛を雑に掻きむしると安っぽい髪ゴムで束ねる。大して重大な案件と言うわけではない、と思う。しかし私には手に負えない。前任から引き継いでやってただけに過ぎない。この事務所内は元々頑丈な結界のようなものが張り巡らされてある。これも怪異事案対策専門機構の関連施設には最低限設えてあるもののひとつ。

 階段から下に降りると従業員二人とまばらに客がいるのみ。

「胡内さん、上で女子高校生のこと見ててくんない?」

「えっと、別にいいですけど? どうかしました」

 彼女はくりっとした目をぱちくりさせて困惑している。

「彼女から案件を聞かないでいいから。世間話程度の対応しといて」

「えーっと? 話を聞けではなくて?」

 当然の疑問だろう。

「適任者が来るまで時間稼ぎするだけでいいの」

「良くわからないですけど、わかりました!」

 彼女が店内を出て階段を上がる音を確認しつつ、もう一方に話しかける。

「吉岡くん、ひとりで店番できる?」

 普段、店内の従業員は二人体制でやっている。そんなに必要が無いといえば無いが。

「全然、大丈夫です!」

 明るい顔でそういった彼は活発で力仕事から何でもできる人柄。

「じゃあ、少し離れてくるからよろしく」

「了解」

 返事を背中に聞きながら、さっさと移動を開始する。借りている駐車場がある場所で待つ。途中立ち寄ったコンビニで買ったアルコールを流すように飲んで。人としてどうかとは思うけれどこうでもしないとやってられない。聞きたくもない音、声。それらが私の意思を無視して来るのだからアルコールでごまかすしかない。対処できる能力がある人間ならこんなことでごまかす必要は無いだろう。私はそうじゃない。何の対処もできないクソ人間。二本ほど開け飲み干した頃に車が。


「こんな時間から飲むなんてどうかとオレでも」

 運転席から顔を出してあいつが言った

「うるせぇな! ほざいてろ」

 目を滑らすとちょうどドアがスライドして後部座席から福呂さんが出てきた。

「こんにちは」

「来てくれたんだ?」

「そりゃ、呼ばれたら来ますよ」 

 非番扱いにはなっているが本業において有能。福呂はそういう人種。相手に触れ直接干渉できるし、まぁ大概できないことはない。

「ふぅーん」

 私は嫌でもわかるクソみたいな態度をしていることだろう。

「荒れてますね? なんか年々」

「アルコールが入ってる、と気が紛れるからね」

「仕事中に飲むなんてクソ人間w」

 と話に紛れ込むあいつを足で払った。

「てめぇはさっさと帰るか黙ってろ」

 転んだ姿を見下ろす。

 

「あのっ、どこに行けば?」

 苦笑し福呂が当然の疑問を口にした。

「二階の事務所、胡内さんといる。店の場所わかるよね?」

「はい、じゃあ先行ってますね」

 後ろ姿を眺めて見送った。下に転がったそいつを視界にとらえ。

「さっさと立てば?」

「お前がやったくせに! 信じらんねぇ、ほんと」

 怒り心頭といったい次第のそれはそう言って立ち上がると服から砂利を払う仕草をした。

「田口、どうせ罰当たって死ぬ人間にキレても無意味だと思うけど?」

「は? 酒飲むとお前ワケわかんねぇし暴力的で迷惑」

「そりゃどうも」

 車の乗り込んで遠ざかるのを見送ってフェンスにもたれる。言われなくともわかっていること。解決は他の人に任せよう、どうせ私は責任をとること以外取り立てて役に立てない。 


 建物には近づけない。おそらく解決するまでは。

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