第5話
目を覚ますと開店準備の少し前の時間帯だった。内鍵を開ける。この階より上は居住スペース(エリア)で普通にマンションのように複数の部屋がそれぞれの階にはあるだけ。
といってもほとんど人が入っていないらしい。社員寮として借り上げてくれればありがたいのだが、悲しいかな上の連中は人員を見たりいろんな観点から判断して優先順位を決めるため。ここは後回しになって久しい。社員寮として確保してもらいたい理由はいざというときに怪異事案によって関連する人を匿う必要や一時的避難を必要とする人のためである。もちろん従来通りの側面もあるけれど。ちなみに私もこの建物の居住エリアの部屋を借りて住んでいる。
たったそんだけの距離なら帰るべきだと思うだろうけれどそんな気分になれない時はある。最悪誰かしら貸し出せるようにほとんど物も置いてない生活感の無い部屋だけど。
「おはようございます、先輩」
ひとりが入ってくる。呆れた顔だ
「んああ、おはよう」
「帰ってなかったんですね」
「まぁ大して変わらんからなぁ」
「いやいや、全然違うでしょうが」
大げさ、と。思うのは私だけか。後輩。頭があまり回らない。
「開店準備してくるから後はよろしく」
そういうと私は下に先に降りて本屋の開店作業を始める。大してすることはないといいたいところだが、本屋の隣のテーブルや椅子を置いてあるスペースは毎日掃除する必要がある。
理由は一部の学生が仲間同士で話をするのに椅子やテーブルの配置を変えて戻さないままであったりすること、学習スペースとして使う人によるシャーペンの芯や消しゴムのカスといったゴミ、ホコリ。飲食物を持ち込んでこぼした後等の汚れ。があるから。夜の閉店作業時にできるだけ掃除するが、朝に持ち越すこともあるから。
布巾や箒で汚れを取りテーブルや椅子の位置を戻して整える。
後は店の前を最低限掃除すると時間になったら店を開けるだけ。
今日はおそらく怪異事案の案件は来ないから。本屋らしいことさえしていれば良い。
そう思っていたのに。
テーブルと椅子にぶつかりよろけながら誰かが来る気配が本屋の方にいるとした。
金属音、足音。そういった不快な音。焦っている? 何故かそう感じた。振り返ると学生らしき人物があからさまに焦った表情でこちらへやって来る。
「どうされました?」
「あの⋯⋯」
言葉に詰まり、口をパクパクさせ必死で何か伝えようとしている。ここで聞くわけにはいかないだろうな、と。
「とりあえず上の事務所で聞こうか? ここだと話しづらいだろうし」
「⋯⋯」
首を縦に動く、これは頷いたと判断していいだろうか。手をとるとさっさと二階の事務所へ入り、従業員二人が振り返る。
「悪いけど、二人共下行って」
答えを聞かなくともそれ以上伝えなくともわかるだろう。二人がバタバタと出て降りていく足音を確認すると誰かが間違って入って来ないように内側から施錠すると椅子へ座るように促す。
「で、何かお困りですか?」
この段階では怪異事案かそうでないか判断するわけにはいかない。紙コップと冷えた麦茶を取り出し前に差し出す。
「えっと⋯⋯」
言葉に詰まり、うまく話し出せない。といった感じ。高校生くらいの女子学生。考える時間もすべて本人に任せるしかない。
彼女の前に座るとひたすら彼女が話し出すまでこちらは何も言わない。
「もし話せないなら紙に書いてもいいよ」
「あの!突飛な話かもしれないとしても聞いてもらえますか?」
やっと彼女は口を開いた。なんとなく声が震えている。緊張か或いは恐怖、焦り。どちらにせよ。
「もちろん構いません」
ちゃんと笑顔で返せたか、はわからない。この段階で怪異事案だと判断してもいい気もする。
何故そんな話をここに持ち込むのだ、と思う人も多いかもしれないけれど。そういう人が来やすくなる仕組みの技術とでも呼ぶべきか。それがこの店の中に仕組まれている。怪異に何らかの問題等を抱えている人が無意識に来るようになっている。ゴキブリホイホイではないがまぁそういうものだ
とでも思ってもらえれば分かりやすい。怪異事案対策専門機構にまつわる施設にはそういう人が無意識に吸い寄せられる技術のようなものが設置されている。
彼女もおそらく無意識にここにきた。そしてこう無意識の内に認識させられている。ここなら相談を聞いてもらえる、と。
「じゃっ、じゃあ!解決も可能ですか?」
勢い良く前のめりに彼女は言った。
「話を聞いてからでないとそれはお答えできかねます」
苦笑せざるを得ない、肝心な話を抜きに判断等問われても困る。せっかちなのか、それともただただ焦っているのか。或いは。
「すみません、えっと。それはそうですよね」
忙しない少女。コロコロと表情は変わるわ。もう少し落ち着いてほしいものだな。
「まぁ、ともかくお名前だけでもお伺いしても?」
とりあえず順序立てて話してもらうために普遍的なところから触れる必要がある。だろうか?
テーブルにコピー用紙とペンを取り出し聞く体勢をとる。
実のところを言うともっと適任な能力を保有する人間ならいる。例えば相手の額に手を触れるだけで脳(簡潔に言うなら思考や記憶)に干渉し聞かずとも知ることができる奴とか。
まぁこんな場所には派遣されることなど無いんだけれど。
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