第4話

「何も隠していません、言うべきことなら言ったじゃないですか!」

 ヒステリックな声をあげる女性。

 眉をひそめる。

「関係無いと決めて話して無いことあるんでは?」

 これは確信、今まで何度もこういうやり取りをしたことはあった。実際ほとんどが自覚して或いは無自覚に隠している。


 こちらとしても事態を把握しなければならない、そして仲間の被害は最小限にする必要がある。だからこそ譲れないことなのだ。


「だから!話すべきことは話したと言ってるでしょ!」

 女性の夫が耐え兼ね怒鳴る。


「関係無いと思っていても実は関係あると、いう事態が多かれ少なかれあるんです。包み隠さず話していただけないと私達もこの件からは⋯⋯」

 言い慣れてしまった言葉を紡いでいると遮られた。

「ふざけるな!何様だ!出てけ人の不幸に漬け込む輩のくせに!」

 男性は顔を赤くして、興奮しているのかまくし立ててるように言う。

「そっちがそう出るなら、仕方ない。どうなっても知りませんよ? 」

 私は冷たいかもしれないがそう告げると荷物を纏めてリビングを出ると玄関で靴をさっさと履いて家を出る。

 これ以上私達にはできることがない。話してもらえないならもう。

「詐欺師め!」

 背中にその声を浴びながら、気にもしていないと毅然とした態度で頭を下げ元来た道を歩く。

 近くで前もって仲間が車を停めて待っていた。車の方へ向かうと乗り込む。

「どうだった?」と聞いたのは私。前もって携帯を通話状態にしておいたのだ。理由は私だけでは判断できない可能性。家を出たあとに切っているけれど。

 煙草の煙を燻らせ運転席の外に立っている彼に問うている。彼には本屋で店員として働くのは向かない。だから車移動が必要な時だけ出てもらう形になっている、これは同意を得ているし本人にも自覚があった。


「自覚あるなしはともかく、すべてを話して無いと思うねオレは」

 運転席側の全開に開かれた窓から彼は答える。

「あの夫婦には悪いけど、手を退くって上に伝えといて」

 私はそういうとため息をつく。残念だ、とは思う。救けられるかもしれないのに、と。けれどすべて話してもらえない以上私達は、手をさしのべられない。仲間を死地へ追いやるわけにはいかない。大して危険が無い可能性ももちろんあるが、すべてを話してくれないのであればこれはもう。そういうことなのだ。組織としての取り決めで決まっていることだ。依頼者がすべてを包み隠さず話さないのなら救けることすら。という。


「嫌なんだよね、こういうのさ」

「楽しい、好き。って思う人の方が少ないでしょ」

 と彼が嗤う。頭が痛い。面倒事なんてと私は思う。何より救けられたかもしれないことを破棄する、せざるを得ないこの現状に。偽善者程救ってやろうと思ってなどいないけれど。それでも思わずにはいられない。ただすべてを話してくれればそれだけのことだったのに、と。


「ってかさぁ、何で私が来なきゃならんわけ」

 他にもいくらでも人ならいるだろう。

「そりゃあ、暇もて余す雑魚だからだろ?」

 言われなくともわかっていることを他人の口から突きつけられるのは酷い気分。面白そうにからからと彼が嗤う姿が視界に映る。こういうやつなのだ彼は。こんな奴を寄越してくる連中の気がしれない。

「そのバカみたいな顔。是非とも見せてやりてぇなあいつらに」

 こいつの声はほんとに耳障り。事実上仮にも上司である私にさえこの態度。さては問題児を無能こと私に押し付けやがったな。

「どうぞご自由に、さっさと車出せ馬鹿」

 悪態をついている私は滑稽だろうな。



 

 結局車を出したのはそれからだいたい10分程あいつが嗤い尽くし、こっちが最悪な気分になってから。

 いっそ首をきられ捨てられた方が私自身良いのかもしれない。


  


 本屋の近くで降りると事務所のある二階へさっさと上り、中へ入る。パーテンションの向こうのソファーへさっさと腕を組んだまま倒れるとそのまま眠りについた。




 


「先輩? 帰ってたんですか」

「仕事終わったならもう帰っていいよ二人共」

 ちょうど閉店作業を終えた従業員兼本業の後輩の二人が戻ってきたところだ。

「いやいや、先輩こそ帰って寝た方がいいです顔色最悪ですから」

「そりゃどうも、いつも顔色は最悪だけどね」

「もしかしてまたあいつなんか良くないこと⋯⋯」

「どうだったかな、いつものことだから慣れてるし。今回の案件が破棄になりそうなことのが問題だと思うけど?」

 慣れていてもこういう風に依頼を一方的に破棄にすることは気分が良いものではない。慣れたくもない。けれど必要以上に犠牲を払うつもりもない。彼らの考え、気分が変わらない限り、は。

「またですか?」

「まただね。すべて話してくれない以上ね」

「そうですか。じゃあお先に」

 ハンガーラックの方から音が響いて後、二人分の足音がドアへ向かい、ドアの開く音、閉じられた音。階段を降りて足音が遠ざかっていく。

 起き上がってドアを内側から鍵をかけ、窓のロールスクリーンを下ろす。照明を最低限にするとソファーでもう一度眠りについた。

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