第12話 水曜日と木曜日の朝

 水曜日。


 瑞穂は通勤途中の道で、ランドセルを背負った小学生の男児とぶつかった。


「ごめんね。大丈夫だった?」

「大丈夫だよ、パパ」

「えっ、パパって?」

「えへへっ、パパ」


 瑞穂に向かって『パパ』と呼び、いたずらっ子のように笑う男児。瑞穂はその顔に見覚えがあるような気がした。昨日、やはりこの道で出逢った幼児に、彼は似ていた。しかも、自分を父親と間違えて。

 思い切って瑞穂は尋ねた。


「君、何年生?」

「二年生」

「じゃあ、八歳くらい?」

「うん」

「弟いる?」

「いないよ。ぼく、一人っ子だもん」

「そう……」


 ということは、他人の空似。昨日の幼児とは無関係なのか。そんな思いをめぐらせて再び視線を落とすと、そこにはもう小学生の姿はなかった。




 不思議なことは次の日も続いた。



 木曜日。


 いつもと同じ道、同じ時間。

 今度は、学ランを着た中学生がすれ違いざまに瑞穂に挨拶をした。


「おはよう、パパ」

「君は?」

「うふふっ」


 少年は何も答えず、はにかむように微笑んで、人混みに紛れて消えた。


 その笑顔が、誰かに似ていた。昨日の小学生、一昨日の幼児、今の中学生。記憶の中で三人の顔がぴたりと一つに重なった。同一人物かと思えるほど三人はよく似ていることに瑞穂は気づいた。そして、さらに長じた彼らの貌を想像すると、酷似する一人の人物に思い当たった。


 幹!


 三人は、幹に似ていたのだ。幼児も、小学生も、中学生も。まるで小さな頃からの幹の成長を日替わりで見るかのように。

 これは幻か。それとも、偶然なのか。あまりにも異常な出来事だった。あたかも、同一人物が一日のうちに何年も成長しているかのような。そして、そんな不思議なことが三日も連続して起きているという事実。いったい、自分は何を見ているのか。もしくは見せられているのか。誰に、何のために? 


 瑞穂はまさかと思いつつも一つの仮想を描いた。この流れで行くと、もしかしたら明日は幹に似た高校生が現われるのかもしれない。そして、今までと同様に『パパ』と呼びかけ、忽然と消える。


 この不可解な出来事について幹に話すべきか。明日……。瑞穂は明日に賭けてみようと思った。明日、幹に似た高校生と遭遇することがなければ、この三日間の出来事を、偶然が重なった不思議な体験談として幹に話そうと決めた。



 迷妄の中、父親としての己の姿を瑞穂は夢想する。

 当然、傍らに寄り添うのは、幹ではない。子どもの母親である沙織だ。


 ふと、我知らぬ涙が、頬を伝って落ちた。

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