第7話 性 (さが)

【沢村瑞穂:視点】



 つかの間、瑞穂は眠った。

 目を覚ますと、隣に幹はいなかった。


「幹……」


 部屋を見回し、すぐに見つけた。

 義弟は何も着けずに窓辺に立ち、夜明けの景色を眺めていた。


 窓の外では赤紫から黄金色に変わろうとしている東雲が鮮やかに台頭し始め、夜の闇を彼方へ追いやろうとしていた。


 幹の見事な裸身を瑞穂は愛おしさと憧憬を込めて見つめた。

 四歳も年下の同性に身体を開き、快感に喘ぐ自分。それこそが己のさがであることは、もはや疑いようがなかった。挿し突き上げられる灼熱の痛みは、満たされる受動の悦びに昇華した。今となっては何の後悔もない。もう引き返せない。

 自己の真実のさがに気づき、ようやく辿り着いたことを瑞穂は悟った。


 高校時代はサッカー部に所属していたという幹。ボランチという司令塔的ポジションを任されていた選手だったという。しかし、進学を機にサッカーをやめた。

 続けなかった理由を尋ねると、『義兄さんと一緒にいる時間の方が楽しいから』という答が返ってきた。


 まさか、こんな朝が来ようとは。想像するだけでも禁忌だったものを。瑞穂は感慨深く昨日からの出来事を振り返った。


 会社で上司からのセクハラまがいの嫌がらせを受けて、身も心も疲弊して帰宅してみれば、妻が一枚の書置きを残して失踪していた。

 義弟に救いを求め、なりふり構わず縋りついた。ふたりきりになって、互いの想いを告白し合った。

 それからは、奔流のように欲望に身を任せた。

 妻が出て行った夜に、想いを寄せていた義弟を家に呼び入れ、ついには一線を超えるあさましさ。この背信の罪深さを、瑞穂はしかし顧みることをやめた。こうして満ち足りた朝を迎えられた僥倖は、何ものにも代え難いとり得たからだ。



 幹と初めて出逢った時の印象は鮮烈に記憶に残る。

 当時まだ高校生だった彼は学ランを着ていた。弟にとっては姉を奪っていく好ましからざる存在であるはずの自分を、わざわざ制服姿で迎えてくれたことに感動した。

 その時を境に、瑞穂の視線は沙織を通り越して、その弟・幹に釘付けになった。

 癖のない漆黒の髪、精悍な眉宇と眦、通った鼻筋、引き締まった口元。その凛然と研ぎ澄まされた硬質な気高さの前に、姉の沙織は霞んで見えた。

 共にあった大学の四年間、圧倒的な存在感と支配力を以って理想の女性として瑞穂に影響を与え続けた沙織は、幹の出現によって瞬く間に過去の遺物となり果てた。そうして幹に惹かれていくほどに、沙織への想いが冷めていくことは自明の理だった。

 しかしながら沙織との婚姻によって、この久能幹という義弟を得ることができるという偏執に捕らわれた瑞穂に迷う余地はなかった。早すぎるのではと懸念する周囲の声を退けて、卒業後すぐに沙織と結婚した。



 東雲の一部に強い光が現われて、やがて一条の陽が射し込むと、幹の全身は陽光を浴びて眩い黄金色に燃えた。ゴールドのクロスを纏った神の降臨にも似たその姿は、勇ましく、壮麗だった。


「瑞穂さん、起きてる?」

 幹がベッドに戻って来た。

「あったかーい」


「何か、考えごとでもしてたのか?」


 幹のひんやりとした身体を抱き寄せながら瑞穂は訊いた。


「夜の闇を破って昇って来る旭には強いパワーがあるって聞いたことがあるんだ。だから、その光を浴びようと思って」

「幹は十分パワフルだろう」

「もっと、力が欲しい。あなたを守るために」

「守るって、何から?」

「……わからない」




 * * *




『……許さない……幹……!』

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