第4話 告白
まんじりともせずに幹は義兄とふたりで姉の帰りを待った。
時刻は午前三時を過ぎていた。
「僕が起きてるから、瑞穂さん、少し寝たら?」
「君だって眠いだろう」
「だったら交替で寝るのは? 疲れてるでしょうから、瑞穂さんから先にどうぞ」
「……悪いな。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
瑞穂が寝室へと向かった。
あの寝室……。幹の脳裡に去来するのは、いつか見たあの夜の妄執。
上書きをするなら、今。
瑞穂の背を目で追う幹の中で抑え難い衝動が急激に膨らんでいった。扉の向こうに義兄の姿が消えようとする間際、ついに意を決した。
「瑞穂さん!」
追いついて、後ろから抱きしめた。
「幹?」
「好きだ」
今までどうしても言えなかったその言葉を、幹はようやく口にした。
「ずっと好きだった」
「こんな時に、何を……冗談ならやめてくれ」
「冗談でこんなこと言わない」
「沙織が出て行ったんだ。今、何処にいるのかさえわからないのに」
幹の抱擁を外し、向き直って瑞穂は言った。
「なのに、君は……」
「だからって、残された僕たちはつらい顔をして、じっと待っていればいいわけ? 勝手に出て行った姉さんのことなんか、ほっとけばいい」
「どうしてそんなことを……君はそんな子じゃないだろう」
「もう子どもじゃないよ」
戸惑いと苦渋の色を浮かべた瑞穂の顔が幹の真っ直ぐな視線の間近な先にあった。
顔を近づけ、緩く唇を重ねると瑞穂の唇が小さく開いた。抗う素振りはなかった。
舌先を分け入れ歯列を突くと、熱い舌が待っていた。絡め合わせ、何度も顔の向きを変えながら、ふたりは深いキスに堕ちた。
「瑞穂さん、ベッドへ」
幹の誘いに、瑞穂は力なく首を横に振った。
「だめだ」
「どうして? 今の……拒まなかったのに」
「我を忘れそうになった。溺れそうになったよ、幹……君に」
瑞穂は絞り出すように言葉を続けた。
それは自責に駆られた弁明のようでもあった。
「初めて逢った時、運命というか、宿命みたいなものを感じた。君がこの
週末になると君を夕食に呼び、時間を気にせずに三人で楽しく過ごす。それは俺にとって、ご褒美のような幸せな時間だった。これでまた次の一週間も頑張れる、と。
いつもなら、昨日も君が来ているはずだった。沙織と一緒に俺の帰りを待っていてくれて。だけど違った。部屋は暗く、誰もいなかった。俺は不安で
妻の不在よりは、義弟と会えなくなることの方がつらかったんだ。俺は最低の夫だ。心は既に沙織を裏切っていた。だからもう、これ以上、沙織を……君の姉さんを、裏切るわけにはいかない」
「瑞穂さん……」
はからずも幹は己の衝動により義兄に真情を吐露させることとなった。
瑞穂は夫として義弟への想いを裏切りと自ら断罪し、苦しみ続けていたのだ。
しかし、幹には姉への罪悪感などなかった。あるのは瑞穂への
「こんなことは許されない、だろ」
「誰からも咎められる
自戒とも問いかけとも取れる瑞穂の言葉を幹は否定した。
「僕たちは同じ気持ちだったんだ。僕はいつもあなたと一緒にいたい。ずっと
「……そうか」
ベッドの側でふたりは無言のまま見つめ合って佇んだ。
時が満ちて、幹が瑞穂の夜着のボタンに触れようとした。
しかし、その手は阻まれた。
「よせ」
「瑞穂さん……!」
この期に及んで拒否を? 幹は微かに気色ばんだ。
「自分でやる」
そう言うと瑞穂は自らボタンを外し始めた。
姉の失踪を
邪魔者は消えた。もはや何の掣肘もない。
本心を告白し、その上で尚も拒まれるなら強引にでも奪うつもりだった。レイプ同然に。だが、それは免れた。
義兄・沢村瑞穂は合意したのだ。
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