02.包み紙と空き缶
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看守は、元死刑囚の居なくなった独房の清掃を担当することになった。
陽の差さない部屋はとても冷たく、看守の足音が響くほどに静かで、少し前まで生きていたはずの元死刑囚の存在がまるで幻だったかのように感じられる。
看守は静かに部屋の中を見回した。元死刑囚は暴れることもなく穏やかに過ごしていたため、部屋の中には傷も汚れも殆どなかった。
この独房の中にいた元死刑囚は、まだ十三歳だった。
離れて暮らしている看守の娘と同い年だった。
まだ幼い元死刑囚が、ただプラカードを持って行進していたというだけの罪で死刑を宣告された。その事実を看守は苦々しく思ったが、自分と家族の生活を守るために、何もしなかった。その重責が看守を苛んでいた。
どちらにせよ、元死刑囚はもういない。
ただ、小さな机の上に、残された珈琲の空き缶だけがあった。空き缶の中身は一滴も残さず空になっていた。
看守はそれを拾ってゴミ袋に入れながら、疑問に思った。
死刑囚に与えられるメニュー表には、看守が人生の中で見たこともない高級品、培養品ではない本物の牛肉のステーキの写真すら載っていた。
彼女がただ望めば、
看守は床に落ちているハンバーガーの包み紙の切れ端に気づき、清掃のために拾い上げた。
「……!」
そして、一瞬硬直した。
その包み紙には、血で書いたのであろう赤黒い歪な文字が刻まれていた。看守は反射的にその文字を読んだ。
──『I am a human clone』。
すべてを悟った看守は、慌てて手元にある元死刑囚の資料を閲覧する。
本人の写真には首元に
──しかし、元死刑囚には、なかった。
どこにでもあるはずのハンバーガーと珈琲を見た時、元死刑囚はとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。その無邪気な微笑みは、まるで生まれて初めてハンバーガーと珈琲を目にして喜ぶ幼い少女のようであった。
看守は、冷や汗を流しながら、思考を巡らせて一つの仮説に行き着いた。巷で噂になっている違法クローン業者の存在も、その仮説を後押ししている。かつて生物学を学んでいた看守は知っていた。クローンは、黒子の位置を再現できない。
──
看守は包み紙を手にしながら震えた。看守の推測が正しければ、つい先ほど処刑されたのは、死刑囚本人ですらなく、何の罪も穢れも背負っていないはずの──。
頭を大きく振って思考を止めようとした。だが、看守の脳裏には、彼女がハンバーガーを口にした際の、幸せそうな声と笑顔が焼き付いて離れなかった。
しかし、もう、彼女の死刑は既に執行されている。
──助けることは出来ない。
看守は、包み紙の切れ端をぐしゃりと握りしめた。
そして、誰もいない独房から出て、静かに扉を閉めた。
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