第2話 お隣さん

「あ、月下さん。おはよう。」

「お、おはよう。」


・・・クラスの男子がお隣さんだった。

うそでしょ。そんなことある?


私みたいな黒髪は長くも短くもない、私より切れ長の瞳は少し色素が薄い。背は、私が165だから180ってとこか。女子に騒がれるのも納得だ。


あぁ、これが斜め前のあの男子だったら。弱そうで優しそうな彼を思い出すと、ほんのり体温が上がる気がする。


「どうかな?聞いてる?」

「え、ああうん大丈夫。」


やば、話かけられてた!とりあえず愛想笑いでごまかす。


「よかったぁ。僕のことも奏斗でいいよ。よろしくね花音。」

「はい?!」


なんか呼び捨てになってる?!どゆこと?!


「友達と名前呼びあうの、憧れてたんだぁ。うれしい。」


にこにこと目線を合わせてくる。近い。こっちが恥ずかしい。


「憧れって、大げさよ。」

「いや僕ひどい人見知りでさ、高校こそはって、これでもけっこうがんばってるんだ~。」


人見知り・・・女子に騒がれてちょっと固まってたし、嘘ではなさそうだけど。なんか、なんだろう。まぁいっか。


私は落ち着くような落ち着かないような感覚がどこから来るのかわからず、とりあえずちゃんと話を聞いて返事しよう、と反省した。


-キーンコーン-カーンコーン-


「山本~これ昨日言ってたマンガ。」

「お、サンキュ!」


山本くん、かぁ~。やっぱりかわいい~!てか話しかけてる男子もかわいいしこれが類友ってやつかぁ~!


つい頬がゆるんでしまって、手のひらでぎゅっと押し戻した。これが、これが「普通」の日常なのね。


-ゾワッ


「!」


右半身に悪寒を感じて、睨むようにパッと振り返った。にぎやかな教室の中、奏斗が寝ている。


はぁ、と気が抜けた。私ったらまだ緊張してるのかな。今日は夜あるし、しっかりしなくちゃ。


-----


PM23:00、都内の廃ビル。


「おう、しばらくぶりだな。」

「カイさん。」


カイさんは私の師匠みたいな人だ。

パパも信頼していて、一緒に現場することが多い。


「今日は私が主役ですからね?」

「生意気言うじゃねえか。まぁ狭いとこはお前のが速いやな。」


後ろは任せとけ。頼もしい声とともにカイさんの気配が消える。それを合図に私も深呼吸して、息を止める。


所々が崩れた通路の先、目を凝らすと人影がちらついている。


「こっちは着いたぞ。遅れんなよ。」


大柄なスーツ姿の男が壁を背にして立っている。

私は男の背後について、タイミングを待つ。


男の前方のドアがガチャっと音を立てた。


「よお。待ってたぜ。」


男は急くように壁から離れて足を踏みだす。

私はナイフを構えて一足で空いた背後に滑り込み、ひと突きで心臓を貫いた。


ブシュ-


男はびくりと動きを止めた。

同時にドアからも死体が転がり出る。


「・・・?」


死体の後ろ、真っ暗な中。


明らかにカイさんより細身の男が立っていた。誰だ?カイさんはどうした?


私は死体の陰に屈んで、サブのナイフを構えて息を殺す。


パキッ-


まっすぐ近づいてくる。入ってきた通路に戻るか・・・もしふさがれてたら終わりだ。


グッ-


「?!」


目の前の死体が消えた。

いや、放物線を描いて「飛んで行った」


ガキィィン-


わき腹を狙った全速力のナイフは男の宙返りで空振りし、返し刀で顎を狙った一撃も両腕でブロックされた。この音、鉄板仕込んでんのか。


「チッ」

「こんばんは。」


かなり低い、知らない声だ。こんばんはだと?


「仲間のおじさんは気絶してもらってるよ。」

「ッ!」


私は、筋力異常体質だ。


相手が男でも「全力」を出すことなんてめったにない。でも男の茶化すような物言いに、カッと頭に血が上った。


考えるより前に両足を踏みしめて、拳に力をこめて男の心臓をぶん殴っていた。


バァン!!!


「え?」


男の拳が、私の拳とまっすぐぶつかっていた。


「痛った~その細さでよくこんな力だせるね~。」


びっくりしたのと男の拳の衝撃で動けなくなった。身体が熱いものに包まれる。え、なに、抱きつかれた??


「あぁ、このままぎゅってして滅茶苦茶にしたい・・・。」

「うっ!」


動けない。だんだん男の腕の力が強くなっていく。身体が鈍い音をたてはじめる。


私、死ぬ?


「そいつから離れろ!!」


ガンッとなにかが男の頭に当たって鈍い音をたてた。生温かい液体が垂れてくる。


「はぁ~いいところだったのに。また二人きりの時に続きしようね。」


暗闇の中、男の熱が消えたかと思うと、気配も消えた。身体の力が抜けて立っていられなくなる。


「悪い、足引っ張った。ケガ無いか?」

「カイ、さん。」

「ん?」

「私、全力だしたの、なのに・・・。」


まじかよ、と吐き捨ててカイさんは私を担ぎ上げた。


「とにかく親父に報告だ。帰ろう。」

「・・・。」


夜の闇が、心の中まで染めていくようだった。






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