ゲッカビジン
日々命日
第1話 出会わなければよかった
桜の花びら舞う、4月。
学校の講堂には、真新しい制服を着た新入生が集まっていた。
「春のこの良き日に、新入生のみなさん、ご入学まことにおめでとうございます-」
僕は右から左、とりあえず見える範囲で「彼女」を探す。
-いた。
ひとつ前の列、右の壁際。
真白な肌に、つややかな漆黒の髪。切れ長の大きな瞳。
「月下 花音 (ツキシタ カノン)」
脈拍が速まっていくのに少し苦しさを感じる。
「-では、新入生のみなさんは教室に移動してください。」
僕ははじかれるように立ち上がって、彼女と同じ教室に向かった。
「僕、津川 奏斗(ツガワ カナト)。よろしく。」
暗記してきた名前を名乗って、練習してきた爽やかな笑顔で挨拶する。
整形まではしなかったけれど、好印象なはず。
「月下 花音です。よろしく。」
・・・完璧な愛想笑顔で返された。ま、まぁはじめての挨拶だし。
むしろへんに隙のあるタイプじゃなくてよかった。悪い虫がいたら大変だ。
僕は彼女の右後ろの席に戻った。担任教師が教室に入ってくる。
「このクラスを担当します-」
担任の自己紹介の途中、ちらっと彼女を見ると・・・
「?!」
彼女の左斜め前、サッカー部にいそうな男子を見ていた。
けっこう、いや、かなり照れた表情で。
僕は目を閉じて、深呼吸した。落ち着け。
・・・ペキッ
乾いた音がして、手に持っていた鉛筆が真っ二つに折れた。
隣の席の男子がハッとした顔で鉛筆を見る。
僕はさっとしまって新しい鉛筆を筆箱から出した。ちょっと力が強いので、予備はいつも持ち歩いている。
「以上です。今日はこれで下校となりますが、より道せずに帰るように。」
担任が教室を出ていくと、教室内は急に活気づいた。
男子も女子も、早口言葉のように談笑したり、連絡先を交換したりしている。
「あ、あの津川君!」
「え?」
数人の女子に囲まれて、軽く悪寒が走る。
いやいや、ここは学校だから。落ち着け。
「連絡先、交換しない?」
「よかったらでいいんだけど!」
僕は練習してきた爽やかな笑顔を浮かべた。
「もちろん。はい。」
「わぁぁ、ありがとう!」
女子たちは満開の笑顔で喜んでいる。
・・・うん、イメトレ通りだ。
視線を感じて顔を上げると、彼女と目があった。
切れ長の瞳を細めて、顔を背けるように教室を出ていく。
「待って!」
僕はカバンをつかんで慌ててそのあとを追った。
教室を出て彼女が去った方を見る。いない。
いやでも帰るなら玄関に行くはず。
僕は全力でー階段の手すりを乗り越えて段飛ばしどころか「階飛ばし」して玄関に向かった。
「あ、あの月下さん!」
彼女はちょうど靴を履き替えたところだった。
僕の声に振り返って、怪訝な表情になる。
「なに?」
「えっと、一緒に帰らない?メゾンアパートなんだけど、僕おととい引っ越してきたばっかりで友だちいなくて。」
「え、同じアパート?」
「う、うん?朝似てる人見かけたんだけど、違った?」
彼女の表情が、驚きから嫌そうになって、はっとして愛想笑顔に変わった。
・・・意外と表情が豊かなんだな。
「そうだったの。別にかまわないよ。」
「ありがとう!」
よし。かなり無理ある流れだけどなんとかなった。とにかく僕に関わってもらわないと。
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「月下さんて、綺麗だよね。」
「えっ、き、綺麗?」
「うん。今どき純粋な黒髪の人ってめずらしい。」
「ああ、髪ね。ほんと真っ黒なのよね。」
彼女はむすっとして髪をつまみ上げる。細い髪がさらさらと流れる。
「え、なに?」
「あっごめん。」
無意識に彼女の髪を触っていた。
脳内で自分をぶん殴っておく。
「引っ越してきたって言ってたわよね。前はどこにいたの?」
「埼玉。」
「埼玉から東京、あるあるね。」
「うん。お隣なのにすごく便利で人がいっぱいでびっくりしてる。」
「すぐ慣れちゃうわよ。」
話をしたからか、彼女の態度が柔らかくなった。ああ、「人」らしい。
僕より少し背が低いから、隣を歩いていてもいくらでも観察できる。
「着いたわよ。あなた何号室?」
「202号室。」
「げ。」
「え?」
「う、ううんお隣さんね。これからよろしく。」
彼女はそそくさと自分の部屋に入って行った。
僕も自分の部屋に入る。
「はぁ〜。」
彼女は、僕のことを知らない。勘づいてもいない。楽だけどちょっと心配になる。
まぁあっちは組織でやってるから、雰囲気ちがうんだろうな。
パチッと煙草に火をつけて、心を落ち着かせるようにゆっくりと吸う。
「デートしたいなぁ。」
吐いた煙が、いつもより甘く感じた。
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