第5話 まだ続く道

広大な砂漠に立ち込める砂埃の中に、二つの人影が見えた。



「ねえ、あとどれくらいで着くの?」



一通り装備を整え、次の国へ向かっているラビと燕尾だった。ゴーグルを忘れてしまい、腕で目を防ぎながら少しずつ歩いていく二人。出発地点の草原とは打って変わって砂で覆われた足場を、足跡を残しながら進んでいく。少し怪訝な顔をして尋ねるラビを、大丈夫だと諭す燕尾。すると、地面から飛び出した怪しい影が近づく。



「くっ…!まだまだ湧いてくるのかこの雑魚!」



燕尾が降った片手剣により、ぐえっと断末魔を上げて倒れたそれは、サメのようだが手と足が生えたモンスター『サメンズ』であった。それは、砂の中から突然姿を表して、冒険者を襲ってくるこの地帯の定番モンスターであり、初心者がまず苦戦するものだった。あまりに長く続いた道のりを前に、燕尾は疑問を抱いていた。



(かれこれ1時間くらい歩いてる気がするな…おかしい、前に来たときはもっと早く着いていたのに…)



燕尾が『トゥルー・プレイヤー』を始めたてのとき、このゲームのいろはを教えてくれた人がいた。その人は、この砂漠でひたすら『サメンズ』を狩っており、両手に3本ずつ槍を持って戦っている姿が印象に残っている。最初は話しかけづらかったが、迷子だったので仕方なく話しかけると、案外気さくな人であり、それからは四つ目の国まで共に旅をしていた。しかし、突然ログインしなくなり、それからというもの全く消息が分からない。



(そういえばあの方はとても頼りがいのある人だったな。俺もそうならなくちゃ…)



倒したサメンズのドロップ品を確認しながらそう考えていた燕尾であった。



「ラビ、ここらへんで少し休憩しよう。どこかに大きめの洞穴はないか」



そう言われたラビは少し待っててと言うと、【跳躍ブースト】を使用して辺りを駆け巡っていく。数分後に戻ってきたラビは、東の方向を指さして言った。



「あっちの方向に四人くらい入れる洞穴ならあったよ」



燕尾は承知すると言われた方向へと歩き始めた。先程までと変わらず吹く砂嵐を左腕で防ぎながら、片手剣を杖代わりにして、着実に休憩地点へと向かっていく。



砂嵐が強まりだした頃、右足を異様な感覚が襲った。鋭い刃物で切られたような、しかし痛みは感じない感覚だ。燕尾は視界を下に向け、右足を確認した。



傷はついていたが血は出ていないようだ。不思議に感じながらも、飛んできた何かで削られたのか何かかと思い、再び歩き始めた。しかし、次は左足に感じた。



「ラビ、足とか腕大丈夫か?さっきからいつの間にか傷ができていて砂が入って痛むんだが」



ラビは半ズボンから出ている両足と、袖の中に隠された両腕を確認した。



「特に何も無いよ、そんなに心配しな…」



気にかけられることが多く、少しうるさく思っていたラビだったが左手の甲に違和感を感じた。顔に近づけて見てみると、それもまた刃物で切られたような傷であった。



「これなんだろ?切り傷なんだけど中が黒くなってて…」



燕尾は少し悪い予感がした。黒い跡には嫌な思い出があるからだ。ラビはまだ不思議がって切り傷を擦っている。



「キヒッ」



突如聞こえた猿の鳴き声のようなものは燕尾の後ろから聞こえた。反射的に後ろを振り返るが、そこには先の見えない砂漠の道だけがあった。



ラビは聞こえなかったが、燕尾にはしっかりと聞こえたのだろう。心拍数が急激に上がり、息が荒くなっていた。得体のしれない何かを警戒して左右を見渡す燕尾の左足を、また同じ感覚が襲った。慌てて見下ろすと、そこには何かが突き刺さっていた。



それは、槍であった。そして、誰かがそれを持っている。



「キヒヒッ」



ラビは今度こそはっきりとその鳴き声が聞こえて、臨戦態勢をとった。燕尾は急いで足から振りほどくこともなく、ただ呆気に取られていた。



「あ……ああ………」



目をひん剥いて、四つん這いになって、笑顔で三本の槍を突き刺している化け物は、燕尾の目には自身の尊敬する人物と重なって見えた。全身真っ黒であり、唯一見える顔は仮面のようであった。そんな光景を見たラビは、慌てて動きだした。



「何してんだよ!早く倒さなきゃ!」



燕尾はその声で正気に戻った。片手剣で頭を斬ろうとし、何とか突き放したが既に左足からはドロドロと黒く染まった血が流れていた。周りは何も無い砂漠で遮蔽物は見当たらない。しかし、化け物の姿はいつの間にか視界から消えていた。



「ラビ!あいつはどこにいった!!」



首を振ったラビを確認すると、燕尾は近づいて、互いに背を合わせて、二人で辺りを警戒する姿勢を取った。ラビも何かを察し、焦りと恐怖から共に冷や汗が止まらなくなる。



ラビは額から垂れる汗が目に入り、目をつぶった。ほんの一瞬だったが、視界を取り戻すまでの隙をついて、その化物は目の少し前まで距離を近づけていた。驚いたラビは後ろへ引いてしまい、燕尾とぶつかって互いに地面に倒れ、燕尾は腹を打ちつけてしまった。



「うぅっ…」



そのチャンスを逃さず化け物は槍を突く。既のところでラビは双剣で弾き、体勢を立て直した。



燕尾もなんとか立ち上がったが、見るからに疲れており、足はガクガクと震えている。燕尾とラビが横に並び、化け物と対峙する構図となった。ジリジリと互いに間合いをはかる中、燕尾はラビの耳に口を近づけ話した。



「俺が気を引くから、お前が瞬時に詰め寄ってあいつの脚を斬れ」



ラビが小さく頷くと、燕尾は化け物に向かって走り出した。痛みに堪えながら叫び威圧し、片手剣を上に構えた。化け物は笑顔のまま、両手を重ねて六本の槍で燕尾を貫かんとする姿勢を取った。そして─



「【跳躍ブースト】!」



ラビはそう叫んで、素早い足取りで化け物の懐に潜り込むと、腕で足払いをするように化け物の右脚を勢いよく斬った。その一撃には、哀しみと恨みが込められていた。



作戦通り。化け物は右脚が使い物にならなくなって立てなくなり、姿勢を崩して膝から崩れ落ちた。砂にドサッと倒れ込み、両手からはボロボロと槍が落ちる。断末魔のようなものは上げず、咳ごむような声がしてから動かなくなった。

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