最期の刺激 中編

老人は少しずつ衰えていったが、彼女が訪れるたびに微笑んで出迎えた。彼にとって、彼女との時間は日常の退屈な静寂からの一時の解放であり、人生がまだ少しだけ彩りを持っているように思える瞬間だった。


ある午後、彼は彼女に言った。「君がいてくれて、本当に助かるよ。私のような年寄りにとって、こんなに温かい関わりがどれほどの救いになるか、わからないだろうね」


彼女は少し照れくさそうに笑った。「おじいさん、私はただの看護師です。お役に立てているならそれで十分です」


彼はその言葉を聞きながら、かつての自分がまだ若かったころを思い出した。恋愛、結婚、子供、仕事、全てがまるで昨日のことのように蘇ってくる。彼にとって、それらの記憶は過去のものだったが、彼女の存在がその一つ一つを再び輝かせているように感じた。


やがて、彼はある秘密を打ち明ける決意をした。それは誰にも語ったことのない、若かりし頃の恋人との思い出だった。その恋人とは運命的に出会い、心から愛し合ったが、結局別れることになった。だが、その女性との情熱的な日々は、彼の中で特別な意味を持ち続けていた。


彼は語った。「人生で一度だけ、本当に愛した人がいたんだ。今でも、彼女のことを思い出すと心が温かくなる。でも、その思い出を抱えてここまで生きてきたことが、もしかしたら私の支えだったのかもしれない」


彼女はその話に真剣に耳を傾け、彼がどれだけその恋人を大切に思っていたかを感じ取った。その純粋な愛情は、彼女にとっても感動的なものであり、どこかで羨ましいとさえ感じた。


「最後にもう一度、その愛を感じることができたら素敵ですね」と彼女が言うと、彼は微笑んだ。「君は、その願いを叶えてくれるかもしれないね」


彼の言葉は曖昧で、何を意味しているのかはっきりとは分からなかったが、彼女の胸には妙な感覚が残った。


その日の夕方、彼は彼女に頼んだ。「もう一度だけ、誰かに愛されているという感覚を感じさせてほしい。それが、私の最後の望みなんだ」


彼女はその頼みを聞いて戸惑いを覚えたが、彼の瞳には本物の真剣さが宿っていた。それは単なる肉体的な欲望ではなく、心からの「生」を感じたいという、切実な願いのように思えた。


彼女はそっと彼の手を取り、温かい握手を交わした。彼の手は冷たく、衰えた肉体がそのまま伝わってきたが、それでも彼の心の中にはまだ微かな温もりが残っていた。


その夜、彼女は彼の病室で長い時間を過ごし、二人は言葉を超えた静かなひとときを共にした。その場には、言葉にはできない特別な感情が漂い、彼は再び人生の喜びを感じることができた。


次回、後編へ続く

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