最期の刺激
星咲 紗和(ほしざき さわ)
最期の刺激 前編
薄暗い病室で、老人は天井を見つめていた。窓の外から微かに聞こえる救急車のサイレンだけが、この静かな部屋に命の気配を与えている。彼は長い人生を歩んできたが、今となってはすべてが遠い記憶のように感じられた。家族は遠くに住んでおり、ほとんど顔を見せることもない。彼にとって、日々はただの消耗であり、最期を待つだけの時間だった。
ある日、老人の病室に若い女性が新しく担当としてやってきた。彼女は看護師として勤め始めてまだ数年の経験しかなかったが、どこか柔らかい雰囲気があり、患者一人ひとりに丁寧に接していた。彼も例外ではなく、彼女の穏やかな声や手の温もりに、心の奥でわずかな安らぎを感じるようになる。
「こんにちは、おじいさん。体調はいかがですか?」
彼女の問いかけに、老人は弱々しくも微笑みながら応じる。「まあ、年相応ってところかな。ただ、生きるってことがこんなに長いものだとは思わなかったよ」
彼女は微笑んで、ゆっくりと彼の枕元に座った。「どんなことがあったか、話していただけますか?聞くのが好きなんです」
老人は少し驚いたように彼女を見つめた。彼の人生について興味を持ってくれる人はもういないと思っていた。だが、彼女の真剣な表情を見て、少しずつ語り始める気になった。
彼は若い頃、愛する人と共に多くの冒険をし、仕事に打ち込み、苦労も喜びも味わってきた。しかし、時が経つにつれ、友人や家族もいなくなり、彼一人が残されてしまったのだ。話すうちに、彼の目には生気が宿り、彼女もまたその話に引き込まれていく。
「君が来てくれるのが楽しみだよ」と彼が言った時、彼女は少し驚き、でも嬉しそうに微笑んだ。
その日から、彼女は定期的に彼の病室を訪れるようになり、日々の業務以上に彼と心を通わせる時間が増えていった。彼は彼女との会話の中で、まるで人生が少しずつ蘇るかのような感覚を覚えていた。
そして、ある日、彼は意を決して彼女に言った。「最期が近いって感じるんだ。だけど、君と話していると、なんだか生きている気がする。最期の瞬間まで、少しでも刺激を感じたいと思うようになったよ」
彼女はその言葉に戸惑いを覚えたが、彼の目には真剣な光が宿っていた。それはただの老人の戯言ではなく、人生の終わりを迎えようとする彼の切実な願いのように感じられた。
彼の言葉が、彼女の心の奥にも静かに響いていた。
次回、中編へ続く
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