第11話 activity-5th

 JL《ジェイエール》中都線は清臨高校から都心を乗り換えなしで移動できる沿線なので、中都線を利用すれば必然清臨の生徒をよく見かける。

 俺自身は中都線をあまり使わないのだが、最近だと朝宮が俺を無理やり連れ出して、彼女が所属する劇団の稽古場に案内された時もこの中都線を使ったので、久しぶりという気持ちはない。


 揺られる電車に乗ること30分。俺は中都線新宿駅を降り、そこから15分ほど歩いて前回朝宮に案内された稽古場まで来ていた。

 理由は朝宮を探すため。

 もっと言えば、磯村に聞かされた朝宮のゲネプロの欠席という事実に俺は一抹の不安を感じ取り彼女の所在を探るために彼女が通う稽古場にやって来た。


「来てみたは良いが、どう伝えるべきか」


 今回は見学というスタイルを取っていない上に、朝宮を探すという曖昧な理由で尋ねているので、他の生徒たちにどう聞けばいいか本気で悩んだ。

 しかしそんな悩みは現場に着いた時点で一瞬にして消し飛んだ。


「あれ、この前の人だ」

「朝宮さんなら今日は休みだよ」

「この前も聞こうと思ったんだけど、もしかしてゆっちゃんの彼氏さん?」

「だったらどうやって恋仲になったのか是非その技を教えてくれ!」



 なんと言って稽古場に入ろうか困惑していたら、着いた途端に稽古場にいた演者の卵たちに質問攻めにあったからだ。こういう舞台芸をするやつらはみんな社交的なのかと驚愕したが、今日はそんな社交性に救われた。

 彼ら彼女らに聞けば、朝宮は休みのことは知っているが、その理由までは知らないとのことだった。

 俺は陽の気に愛想笑いを浮かべてその場を後にした。


「ここにいないとなると、手詰まりだな」


 朝宮が普段から報告、連絡、相談が遅い、またはできないやつならまだしも磯村は朝宮の欠点らしいことを一切口にしていない。部長という立場もあって、伝達はできる限り早く対応しなければならないはずで、演劇にのめり込んでいる朝宮が演劇に携わる報連相を怠るとは思えない。

 部員や稽古場の連中に言えない理由があったと考えるのが妥当だ。

 しかし、その理由がわからない。


「あれだけ嫌っておきながらこんなところまで来てんだから、俺も焼きが回ったか」


 悪態を吐いても俺の中には朝宮がゲネプロを欠席したその理由を知りたい一心でここまで来てしまっている。誰に頼まれたわけでもないのに、本当にどうかしている。

 稽古場を離れて繁華街周辺も軽く見て回ったが、当然情報は掴めず、結局何も得られぬまま新宿駅まで戻った。


「考えなしにうろうろと。ホント何してんだか」


 時間は夜8時。片側三車線の大きな通りで信号待ちをしていたら、老若男女様々な人間が信号待ちのために集まってくる。俺みたいな暇を持て余した学生もいれば、スーツを着た初老の男、分厚い化粧と茶色の髪で改造しまくった女と数えたらきりがない。

 数多の人がひしめき合う中で信号が赤から青に変わり、歩行可能の音声が鳴る。俺も自分の前の人が動き出したのを見計らって歩き出す。

 すると片側三車線の中間くらいのところで、俺は見た。


「え」


 それ以外の声が出なかった。

 何しろ手掛かりがない中で人探しをしたために、ここにはいるはずがないと思い込んでいたのだから。


「……あ、あさみや」


 俺の右隣を横切ったのは間違いなく朝宮だった。印象的な長い黒髪に清臨の制服。俯いていたことと雑踏と喧騒でよく確認できなかったが、ここ最近ずっと付きまとわれていたからわかる。

 俺のすぐそばを横切ったのは朝宮優だ。


 すぐに朝宮を追いかけようとするが、逆走する俺を邪魔するかのように人の壁が行く手を阻む。俺は「すみません」を連呼し、信号が赤に変わる直前で信号待ちをしていた場所に戻る。周りの人たちは不思議そうに、迷惑そうに見ていたがそんなことはどうでも良かった。辺りを確認して朝宮の居所を探す。


 日が落ちて二時間以上経つが、店の明かりや街灯の多さが功を奏し、その後ろ姿を捉える。ただ目的の人物は急いでいるのか少し小走りに移動している。


「くそっ!」


 舌打ち交じりに俺は駆け出す。新たな信号待ちの人たちをかき分け彼女の後を追いかける。距離は徐々に詰め始めて来たが、朝宮がここにいることがわかった時点で、疑問は次の段階にシフトしていた。


 朝宮は大事なゲネプロをすっぽかして何をしようとしているのか。


 あいつが演劇にどれだけの情熱をかけているのか、それは稽古場での彼女を見て知っている。

 あいつの演じることへの熱の入れようは嘘じゃなかった。

 そんなあいつが演劇を蹴ってまで休みを取った理由。

 嫌な予感がする。そう思うと俺の足は意味もなく力が入り、彼女に近付こうとする。


「どういう、ことだ」


 彼女を追っているうちに、俺は今自分がどこにいるのか曖昧になっていたが、表通りから外れた裏道に入って妖しい光が目立ち始めて理解する。

 俺が入り込んだのは新宿の中でも風俗街に位置するエリア。周りを見渡せば黒いスーツを着た男たちや未成年だというのに、走っている俺に店の案内をしようとする女たちがいるほどだ。しかもどいつもこいつも露出が酷い。

 朝宮追跡から5分後。ついに朝宮の足が止まった。そこで俺は度肝を抜かれることになる。


 彼女が到着した場所、そこはホテル『シャンデリア』という建物。妖しく光る桃色のライトが印象的で誰がどう見ても風俗のためのホテルだった。そして朝宮以外にもう一人ホテルの前に立っていた男の存在。見た目は40を超えていそうおっさんだった。暗がりでもわかるくらいに髪も薄く、とてもではないが朝宮の彼氏には見えない。朝宮の父親と言われた方がまだしっくりくる年齢だろう。

 そして二人は少し話した後、ゆっくりとした足取りでホテルの中に入っていった。

 考えるよりも先に俺の足は動いていた。店に入るなりカウンターにいる男に詰め寄る。


「いらっしゃいませ、おきゃく」


 様も言わせない速さで、俺は男の胸倉を掴む。


「さっき入った客はどこにいる」


 いきなり胸倉を掴まれたことで委縮したのか、俺よりも一回りは年上の男が怯えた声で「なんのことですか」と答える。


「おっさんと女子高生っぽいやつが入ってきただろ。そいつらはどこに行ったって聞いてんだよ」


 男は両指で2と5を指すと、掴んでいた胸倉を乱暴に引きはがす。俺はカウンターにいた男が見せた「2」を2階だと理解し階段を駆け上がり、2階にたどり着く。予測通り部屋の番号は21から始まっていて、目的の部屋まで小走りで進む。

 目的の部屋、25号室に辿り着くや、俺はドアを開けようとしたが鍵がかかっている。面倒になってドアを壊す勢いで叩き始める。


「そこにいるんだろ、朝宮優! 俺だ、日比野明だ!」


 ドアノブを何度ひねっても開く気配はない。だが部屋の前で騒げば何かしらの返答はあるはず。そう思ったら俺の手は止まらなかった。


「開けろ! 朝宮!」


 しかし25号室の扉は開かない。代わりに周りの部屋の扉が次々に開かれていく。中にいる人間たちの不機嫌な顔つきで。


「お客様、退店願います」


 すると店員二人が俺を掴み、店から追い出そうとする。


「ふざけんな! あの部屋に知り合いが入って行ったんだよ! 引きずり出して洗いざらい吐かせなきゃならないんだ!」


 どんなに騒いでも暴れても大人二人の力の前にはなす術もなく、俺はそのまま店の外に放り出された。


「顔と制服は覚えた。今日は見逃してやるが、次に来たら警察に突き出すからな」


 店員に吐き捨てられた言葉を最後に、店の扉は閉ざされる。俺はその場でうずくまり少しも動けなかった。


「……なんで、だよ」


 それでも口だけは動かせた。

 違う。それだけしか動かせなかったのだ。

 それだけが、唯一今の俺にできる抵抗だったから。

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