第8話 activity-2nd

 朝宮との約束以降、彼女が午前中の休憩時間に接触して来た回数は計三回。

 要するに午前中の休み時間全て使って俺に会いに来た計算だ。しかもうち一回は俺の教室に直接やって来ている。

 当然、影の薄い俺に校内一有名な朝宮がわざわざ会いに来たことを知ったクラスメイトたちは大いにざわめきだった。困惑する俺やクラスメイトたちを悪い笑みでおちょくってくる鈴子も面倒臭かったので、次の休み時間が始まった直後に俺は図書室に移動したのだが、そこでも朝宮に発見されている。

 昼休みまであいつに付きまとわれるのは勘弁願いたかったので、そこで俺は別の場所に行くことにした。


「おい、明」

「なんだ、傾」

「ここでは先生だ。毎回言ってんだろ。ってそうじゃない。なんでお前がここにいる?」


 避難場所として選んだのは生徒相談室。広さは十畳くらいで、部屋の真ん中には長テーブルと向かい合わせにソファがあり、最奥にはパソコンでの作業ができるように有線ケーブル付きの机が完備されている。

 室内に設置された五段棚にはお菓子や、茶葉の入った缶、トランプ、ボードゲームなどの娯楽物が入っている。そしてこれは補足だが、傾は生徒相談室の副担任も兼任している。時たま悩み多き生徒たちのアドバイザーとしてこの部屋を開けたりするんだが、基本はこいつの私物空間なので、仕事が捗らない時とか、仮眠を取る時はいつもここにやってくるらしい。


 今日も傾はここで仮眠という名の居眠りをするために部屋を占拠していたのだが、俺の登場で本来の役割を果たそうとしている、というのが今の状況だ。

 緑茶をすすりながら、俺は適当に答える。


「色々あってな」

「ふうん。それより、俺の依頼はこなしてくれたのか?」

「これだろ」


 教室を出る前に一緒に持ってきた学生鞄から傾に頼まれた本を渡す。


「おお、これこれ。すぐ見つかったのか?」

「本自体が目立つ色や形をしてなかったから探すのは手間取った。教科書コーナーにあるっていうのはわかりやすかったんだが」

「俺なら何時間かかっても見つからなかっただろうな。ありがと」

「礼は良いから、本は傾が返しといてくれ」

「基本は借りた本人が返すのがルールなんだが、今回は目を瞑るとしよう」


 受け取った本は傾の鞄にしまいこまれる。つまらない注意を言いながらしっかりやるところが、こいつの長所であり短所だと思うのは、多分勘違いじゃない。

 本の受け取りが終わり、俺と傾は緑茶を飲み下す。


「ところでさ、お前朝宮と付き合ってるってホント?」


 俺は飲んだ緑茶を吐き出した。


「馬鹿っ! 何吹き出してんだよ! ああ、服に染みがついたらどうすんだ」

「お前が変なこと言うからだ!」


 傾が染みと格闘している間、吹き出した緑茶をふき取った。


「ふふ、だがついでに面白い事実も知った」


 常にウザい傾だが、今はそのウザさがマックスまで上がっている。このウザさを秤にかけたら機器が壊れるに違いない。


「言っておくが付き合ってなんかないし、付き合うつもりも一切ないからな」

「そうは言われても、一年の何人かがお前と朝宮が廊下で言い争っていたことを目撃してたのは俺も聞いてるし、話の内容も妙に真実味があるみたいだし、一応確認程度に訊いておこうかなと思ったんだが、あながち全部間違いじゃなそうだな」

「間違いだ。間違いだらけだ。間違い探しなら何もかもだ」

「本当は朝宮とはどういう関係なんだ? お兄さんに教えてごらん?」

「お前に話すことなんてない。本当に何もないんだから」

「そりゃないだろ。お前も知ってると思うけど、この学校において朝宮優は常に注目の的なんだ。しかも今日の朝の件は一年から発信されて今やほとんどの生徒が知っている。『朝宮さんが同級生の男子を追いかけてる』とか『その男子が朝宮さんの誘いを棒に振った』とか『その男子はどこだ、俺が殴ってくる』って話で持ちきりなんだぞ」

「……大丈夫か、この学校」


 存在だけで目を引く人間に追いかけ回されることがここまで面倒だとは思わなかった。今さらながら鈴子の助言を聞いておけば良かったと後悔している。


「女の子にちやほやされることと、周りのやっかみは常にセットなんだよ。でも見た感じ明は何も被害を被ってなさそうだが?」

「俺の教室に尋ねて来た時は他の生徒から嫌な視線にさらされた。しかも朝宮のやつ、別の場所に行っても追いかけて俺を見つけやがる。そんなことされたら俺の居場所全部あいつにばれるだろ。一人の時間が何よりの憩いだと思ってる俺にとって、これ以上の被害があるとでも?」

「だからここに来たのか。だけどここが見つかるのも時間の問題だと思うけど」

「傾が黙ってくれれば問題ない」

「どうしよっかな」


 緑茶をすすって、五段棚から煎餅を取り出す傾に、俺は呆れた表情を見せる。


「どうでもいいけど傾、あんまりここを改造しない方が良いぞ。ばれた時のこととか考えてるか?」

「俺の心配よりも今は自分の心配した方が良いじゃないかって、余計なお世話は言わないでおくとして」

「言い終えた後に言うなよ」

「先輩先生方からはこれでも良い評価もらってんだ。それにここに来る生徒たちは、本当に悩み持ってる子が多い。中にはお茶菓子を用意しても飲まず食わずに悩みを話す子もいる。だから遊びで来るやつはお前以外出入り口で追い払ってる」

「俺以外って……」

「理由、言わなくちゃいけないか?」

「意地の悪いやつだな、ホント」


 豪快に煎餅を齧る傾は笑っている。こいつは暗い話もすぐに笑いに変えようとする。こういうところが他の生徒にも好印象を与えるんだろうな、と勝手に推測した。


「意地悪ついでに、本当のところ朝宮とはどういう関係なんだ?」


 訂正。やっぱりこいつはウザい。

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